ケース4 高橋家の押入れ②

 

 卜部は頭を下げる高橋夫妻を観察するように眺めてから口を開いた。

 

 

「いくつか質問がある」

 

 

 高橋夫妻は顔を上げた。その表情には期待と警戒の色が滲んでいる。

 

 

「あんたちに恨みのある人間は? そいつが拐った可能性はないのか?」

 

 

 卜部が沙織のほうをちらりと見た気がした。沙織もそれに気が付いたらしくおずおずと口を開く。

 

 

「そんな……人様に恨まれるようなことは……」

 

 

 

「消えたのは今回が初めてか?」

 

 沙織の言葉には反応せずに卜部は次の質問をした。

 

 

 

「はい。先程もお伝えしたように、和樹は怖がりで独りで外に出るようなことは考えられません」

 

 今度は夫のフミヤが答えた。

 

 

 

 かなめはその時、卜部が一瞬目を細めたことに気づいてどうも落ち着かない心地がした。

 

 やや間があってからうらべはそうか……と小さくつぶやいて事務所の片隅に置かれたデスクに向かった。

 

 

「いなくなったのはいつだ?」

 

  書類を揃えながら卜部が言う。

 

 

「三日前です」

 

 

「ギリギリだな。今からあんたらの家に向かう。契約内容に目を通してそれでよければ捺印してくれ」

 

 

 そう言って卜部は書類と古ぼけた木製の台を持ってきた。見ると台には小さな針が生えている。

 

「印には血を使う。これで親指を刺して捺印しろ」

 

 

 契約書には依頼内容と金額、そして備考の欄に一言「嘘を吐かないこと」と書かれていた。

 

 

 それを見て二人の表情が一瞬強張るのが分かった。

 

 しかし二人は覚悟を決めたように針を指に突き刺し膨らんだ血の雫で判を押した。

 

 

 

「いいだろう。一階で待っててくれ。準備することがある」

 

 

 卜部がそう言うと二人はお願いしますともう一度頭を下げて外に出ていった。

 

 

 

「先生……血判が必要なくらいヤバい事件なんですか……??」

 

 

 二人の足音が聞こえなくなってからかなめは尋ねた。

 

 

「ふん。保険だ。あの二人は何か隠してる」

 

 卜部はガマグチの鞄に必要なものを放り込みながらぶっきらぼうに答えた。

 

 

「裏があるってことですか……?」

 

 

 かなめは怪訝な表情をうかべて再び尋ねた。

 

 

「さあな。だが何か後ろめたいことがあるのは確かだ」

 

 

 荷物の用意が済んだ卜部はコートを羽織りながら言う。

 

 

 そんな卜部を追いかけながらかなめは声を張り上げる。

 

 

「なんでわかるんです?」

 

 

 動きを止めた卜部は、かなめ見てニヤリと笑った。

 

 

 

「二人の背後に罪悪感の靄が立ち籠めてたからだ」

 

 

 

 それを聞いてぶるりと震えたかなめに卜部は言う。

 

 

 

「行くぞ亀!! 時間が惜しい」

 

 

 こうして二人はビルを降り、夫妻とともに件の高橋家へと向かった。

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