ケース4 高橋家の押入れ⑥

 

「待て。下に行く前に聞きたいことがある」

 

 

 卜部は不安そうに一階に向かう夫妻を呼び止めた。

 

 

「子供が一番気に入ってたおもちゃはどれだ?」

 

 

 フミヤはおもちゃ箱から戦隊モノのビニル人形を引っ張り出して卜部に手渡した。

 

 

「それじゃない……」

 

 

 沙織はその様子をじっとりとした目で睨みながらつぶやいた。

 

 そう言って寝室へ続く襖を開き、ベッドから一体のぬいぐるみを持ってきた。

 

 

「いちばん大事なのはこの子だから……パパのかわりに一緒に寝るって言ってたのよ……」

 

 

 そう言って卜部にぬいぐるみを渡すと沙織は深々と頭を下げて一階に降りていった。

 

 残されたフミヤはバツが悪そうな顔をしながら小さく頭を下げると沙織の後を追って和室を出ていった。

 

 

 

「さてと……そろそろ頃合いだな」

 

 

 

 卜部はそう言ってカーテンを開き部屋の中に陽光を招き入れる。

 

 

 窓からは隣家の屋根が見えた。

 

 そしてその向こう側からこちらを覗き込む工場の窓と薄気味悪い煙突が見えた。

 

 

「あれは探頭殺だ。こっちを覗き込んでるように見えるだろ? こういう場所は幽霊が出やすくなる」

 

 

 かなめはそれを聞いて鳥肌がたった。

 

 

 

 膝ほどの高さに設けられた窓から物悲しい色をした弱々しい西日が差し込んできた。

 

 部屋には死の気配を孕んだ山吹色が充満していく。

 

 輝きの裏側で事切れた、太陽の死臭が漂った。

 

 

 

 かなめは部屋の空気が変わったのが分かった。

 

 

 

 西日の侵食に合わせて暗い影が伸びる。

 

 影はまるで何者かにこうべを垂れるように、するすると音もなく伸びていく。

 

 

 伸び切った影がちょうど押入れの戸に届いた瞬間、一人の老婆が部屋の真ん中に現れた。

 

 

 老婆は無表情のままひざまずき、両手を高く掲げてから押入れに向かって頭を下げた。

 

 再び両手を上げる。

 

 頭を下げる

 

 両手を上げる。

 

 頭を下げる。

 

 両手を上げる。

 

 頭を下げる。

 

 

 何度も何度も

 

 何度も何度も何度も何度も

 

 何度も何度も何度も

 何度もなんどもももももももも

 ももももももも

 もももももももも

 

 

 そして

 

 

 

 ぐるりとこちらを見た。

 

 

 にたぁーと笑った口元からはお歯黒が覗いていた。

 

 

 へぇへぇへぇへぇ

 

 苦しそうな息遣いが聞こえる。

 

 

 わたしの呼吸はどんどん荒くなり

 

 耳の奥では息苦しい息遣いが聞こえる。

 

 

 へぇへぇへぇへぇ

 

 

 ニタニタ笑いをやめさせなければ

 ニタニタ笑いをやめさせなければ

 ニタニタ笑いはわたしを狂わせる

 ニタニタ笑いはわたしを蝕む

 ニタニタ笑いをニタニタ笑いを

 ニタニタ笑いをニタニタ笑いを

 ニタニタ笑いをニタニタ笑いを……!!

 

 

 

 パン!!

 

 

 背中を叩かれてかなめは大きく息を吐いた。

 

 それと同時に激しく息をする。

 

 

「わ、わたし!! 息を!? あれは!? い、一体!?」

 

 

「落ち着け。毒気にあてられたんだ。自分の境界線をはっきり自覚しろ。奪われるぞ」

 

 

 かなめはガクガクと震えながら何度も頷いた。

 

 卜部はかなめの背中をぽんぽんと叩きながら老婆に話しかけた。

 

 

「お前が水先案内人か?」

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