ケース4 高橋家の押入れ⑦

 卜部が問いかけると老婆は忽然と姿を消した。

 

 

「き、消えた……!!」

 

 かなめが一人で取り乱していると数珠の音が聞こえた。

 

 

 ジャリジャリ……

 

 

 

 音の方に振り向くと薄く開いた押入れの隙間から老婆の顔が覗いていた。

 

 老婆の怪異はかなめと目が合うと満面の笑みを浮かべて大きく口を開いた。

 

 そこからお歯黒に染まった黒い歯がぽろぽろと抜け落ちるのが見えてかなめは怖気立った。

 

 

 痩せこけた手が手招きしている。

 

 

 

「こいつは妖怪だな……」

 

 卜部が顔をしかめた。

 

「見ればわかりますよ……あんなに気持ちの悪いの……」

 

 かなめはすぐさま言う。気味の悪い姿に恐怖が収まらない。

 

 

 そんなかなめをちらりと見て卜部は言った。

 

「ふん。今に妖怪の厄介さが解る」

 

「ど、どういう意味ですか!?」

 

 そう言った卜部の横顔に向かってかなめは尋ねた。

 

 

 

「こいつは押入れ穏婆おしいれおんばだ。押入れに子供やを引きずり込む。退治の方法は不明……」

 

 

 

 かなめはそれを聞いて真っ青になった。

 

 なぜ今それを言うのか……と恨めしい顔で卜部を見るが、卜部は手招きする手を観察していてこちらを見ていない。

 

 

 

 卜部は髪をかき上げて独りでブツブツと喋りながら考えをまとめ始めた。

 

 

「ブギーマンの類か……」

 

「ザイルが要るな……」 

 

「本来なら一度対策を考えてから行くところだが……」

 

「三日。子供が気がかりだな……」

 

「霊道が出来てるが……」

 

「こいつの仕業。か……?」

 

 

 

 卜部はしばらく黙り込むとかなめの方をちらりと見た。

 

 

 嫌な予感がした……

 

 

 

「亀。お前を餌にあいつを釣るぞ」

 

 

「ぜええええったい嫌です!!」

 

 かなめは叫んだ。

 

 

「断固拒否します!! 見てください!! あのお婆さん!! 完全にわたしを狙ってますよ!?」

 

 

 ニタニタと嗤う老婆はかなめを見て手招きを続けている。

 

 

「だから餌になるんだろうが!! もう時間がない。これ以上時間がかかると子供の方が保たない」

 

 そう言って卜部はガマグチから赤いパラコードを取り出し、かなめの腰に結びつけた。

 

 

 

「安心しろ。もう一方は俺が持ってる。何処に消えても必ず見つけてやる」

 

 卜部の真剣な眼差しと言葉にかなめは思わず顔を紅くした。

 

 

「ぜ、絶対ですよ……」

 

 ごにょごにょとかなめが言う言葉には取り合わずに卜部はガマグチから別の何かを取り出した。

 

 

 それは美しい年代物のかんざしだった。

 

 

「これは呪われた簪だ。女郎に恋い焦がれて死んだ男の怨念が籠もってる。これをあいつに刺せ。あとは俺がなんとかする」

 

 

 卜部はそれだけ言うと簪を手渡した。

 

 それはかなめの手の中でドクドクと脈打っているような気がした。不気味な気配を放っている……

 

 

「手招きに従って付いていけば中に入れるはずだ。いつも俺が言ってることを忘れるなよ」

 

 

 かなめはその言葉に頷くと、パンと気合を入れて押入れの引手に手を掛けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る