ケース4 高橋家の押入れ⑫

 

 卜部は前髪をかき上げて後頭部で手を止め何かを思索していた。

 

 かなめはその横顔を眺めながら胸中に膨らむ漠然とした不安を表に出すまいと努めていた。

 

 

 どれくらい時間が経っただろうか? 卜部が沈黙を破ってつぶやいた。

 

 

「それ以来そいつには会ってないんだな……?」

 

 

「ああ……会ってない。それっきりだ」

 

 

 卜部はフミヤの顔の高さまで目線を落とし、鋭い眼光で睨みつけた。 

 

 

「二度とそいつに関わるな。厄に呑まれたくなければな……」

 

 

 フミヤはゴクリと喉を鳴らして何度も頷いた。

 

 

「今から霊道を閉じる。だが……はっきり言って引っ越しを勧める」

 

 

 卜部は押入れの襖を外して畳の上に裏返した。

 

 ガマグチから筆と硯を出し、墨汁をつくると、襖の裏面にびっしりと文字を書いていく。

 

 

 かなめは何が書かれているのか読もうとしたがまったく内容は理解できなかった。

 

 

 

「これで襖を閉じている間は霊道を封じられる。子供が独りでいる時には絶対に開けさせるなよ……?」

 

 沙織は卜部の言葉に何も言わずただ頷くだけだった。

 

 その眼には何かを覚悟した時に特有の鈍い光が揺れていた。

 

 

「探頭殺はどうにもならん。遮光カーテンをして窓の外が見えないように注意しろ。忌土地の改善も無理だ。あんたらの依頼料じゃ割に合わない」

 

 

 

「帰るぞ亀!!」

 

「亀じゃありません……」

 

 尻すぼみにそう言うかなめに眉をひそめながら卜部は階段に向かった。

 

 玄関で夫妻は深々と頭を下げて卜部とかなめを見送っていたが卜部は振り向くこともせずに行ってしまった。

 

 かなめは振り返ってぺこりと頭を下げて卜部を追った。

 

 

 こうして二人は高橋家を後にした。

 

 

 

 

 駅に向かって歩きながらかなめは卜部に尋ねた。

 

「一体何者なんですか……?」

 

 答えが無いことは知っていた。それでもかなめは聞かずにはいられなかった。

 

 怪異や邪悪を前にした時に卜部が見せる冷たい眼差し。

 

 しかし先程卜部が見せた眼差しには、それとは明らかに異質の暗い光が宿っていた。

 

 卜部の心の奥底にある暗い暗い闇の片鱗。

 

 

 

「お前が知る必要はない」

 

 

 ややあってから卜部は短くそう答えた。

 

 これ以上の問答を続ける気は無いという強い意志を感じてかなめは押し黙った。

 

 

 

 気まずい沈黙を引きずって二人で夜道を歩いているとふと卜部が立ち止まった。

 

 

「どうしたんですか??」

 

 かなめは卜部の顔を覗き込んだ。

 

 

「……りだな」

 

 

「え?」

 

 

「焼き鳥のにおいだ!!」

 

 

「ほんとだ!! いい匂い……」

 

 かなめは鼻をスンスンして言った。

 

 

 

「近くに店か屋台があるはずだ!! 亀!! 店を探せ!!」

 

 

「はい!!」

 

 

 かなめは辺りを見回してから思い出したように振り返って言った。

 

 

「亀じゃありません!! かなめです!!」

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