ケース4 高橋家の押入れ⑬


 

 しばらく歩くとすぐに焼き鳥屋と思しき佇まいの店が姿を現した。

 

 擦り切れた赤提灯にあかりが灯り、に汚れた換気扇からは勢いよく煙が吹き出している。

 

 引き戸の脇にはプラスチックのカバーに日本酒の銘柄が書かれたライトが置かれていた。

 

 

 甘く香ばしいタレの香りに誘われて二人は暖簾をくぐった。

 

 紺色の暖簾には味のある白字で「こころ」と書かれていた。

 

 

「いらっしゃい!!」

 

 中に入るや元気の良い声で店主と思しき男性が言った。続いて奥さんらしき女性も大きな声で出迎えてくれた。

 

 カウンターには常連風の先客がすでに数名おり、ビールジョッキを片手に、真っ赤なニコニコ顔で野球の中継を眺めて騒いでいる。

 

 

 

 座敷に案内されて卜部とかなめは向かい合って席についた。

 

「お前、酒はいけるのか?」

 

 卜部の問にかなめは親指を立てて答える。

 

「生を二つくれ」

 

 卜部がそう言うと奥さんは愛想よく笑って生二つ入りまーすと叫んだ。

 

 炭火の前に立った店主がそれにはいよーと応える。

 

 

 

 かなめはカウンターの上に貼られたお品書きを指差して尋ねた。

 

「こころって何ですか?」

 

「あれはハツのことです。歯ごたえが独特で油がノッてるおすすめメニューですよ」

 

 店主の奥さんはにっこり笑って説明した。

 

 

「お店の名前と一緒なんですね!! じゃあこころを塩とタレで2本ずつお願いします!!」

 

「四本づつにしてくれ。あとネギ間とモモをタレで二本」

 

「三本でお願いします!! それと砂ずりを塩で二本!!」

 

「砂ずりも四本だ。キモをタレで二本頼む」

 

「キモはいいです」

 

 それを聞いた卜部はカッと眼を見開いてかなめを見た。

 

 

 

 卜部とかなめのやりとりを奥さんはニコニコ眺めながら注文を取っていく。

 

 そして注文のメモを店主の前に貼り付けるとおしぼりとジョッキを二つ持って戻ってきた。

 

 

「はい! 生二つです。これは可愛い二人にサービス」

 

 そう言って鶏皮の唐揚げを一皿置いて奥さんはカウンターの向こうに戻っていった。

 

 かなめが嬉しそうに店主と奥さんに手を振ると奥さんの目配せが返ってきた。

 

 

 それを見ていた卜部は何とも言えない渋い表情を浮かべて唐揚げに手を伸ばす。

 

 

「おっ……美味いな」

 

 卜部はそう言ってジョッキをあおった。

 

 

「ほんと!! カリカリで美味しい〜」

 

 かなめは白い泡を鼻の下に付けながらビールを豪快に飲み干した。

 

「おかあさーん!! 生おかわりー!!」

 

「はーい!!」

 

 かなめの飲みっぷりに卜部は目を見開いた。

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