ケース5 旧友㉗
床に倒れたかなめから手を離し卜部はゆっくりと立ち上がる。
中村は八本の指を咥えてニタニタとその光景を見守っている。
卜部の周囲には黒い靄が湧き上がった。力が入らないのか、卜部の足取りは重く、一歩進む度に身体がかくりと地に沈む。
「儂を殺すのか!? 散々偉そうな能書きを垂れておきながら、儂を殺すつもりか!?」
藤三郎の言葉を無視して卜部がぼそぼそと何かつぶやくと、左腕からぽとり、ぽとりと黒い何かがずり落ちた。
床に落ちたその黒い何かは蛇行しながら藤三郎の方へと向かっていく。
「ひ、ひぃ……」
それは大きな赤黒いムカデだった。
卜部の腕はあらぬ場所で四度ほど折れ曲がりぱきぱきと不気味な音を響かせる。
「お前には……死でも生ぬるい……」
卜部はそう言って藤三郎に近付いていく。
卜部が結界に触れるとジジと音がして卜部の皮膚が焼け焦げた。
それを見た藤三郎は驚愕したような、勝ち誇ったような、安堵したような、無様な表情を浮かべて唾を撒き散らした。
「馬鹿め!! 自分で張った結界に焼かれておるわ!!」
しかし藤三郎はうっ……と言葉に詰まった。
自身で張った結界に身を焼かれながらも、卜部は結界に身体をねじ込んで入っていく。
藤三郎の前に立った卜部の顔は焼けただれ、煤けて真っ黒になり、対象的に白目だけが冷たい殺意を湛えてぎょろりと光っていた。
「わたしを戻して……!!」
かなめは両親に悲痛な面持ちで叫んだ。しかし二人はニヤニヤと笑うばかりで何も答えない。
「先生!! 先生!! わたしはここです!! 殺しちゃ駄目です……!!」
画面を両手で掴んで向こう側の卜部に叫ぶも、その叫びは届く様子がない。
耳を塞ぎたくなるような叫び声がスピーカーから響いた。
それは卜部の異形の左手から溢れ出した大量の蟲が藤三郎のつま先を食い散らかした声だった。
画面の向こうの藤三郎は、痛々しい悲鳴を上げながら少しづつ失われていく足を見ていた。
「パパ……ママ……お願い……ここから出して……」
かなめは泣きながら両親の方に振り返った。
二人は顔を見合わせると背後の収納から不気味な人形を引きずり出してきた。
真っ白な布に詰め物をして作られた等身大の人形。
ところどころに気持ちの悪い黒い染みが付いた真っ白なヒトガタ。
その頭部には本物の人間の頭髪がまばらに植え付けられており、手には干からびた爪が貼り付けられていた。
「これを私達の仇だと思って刺しなさい……そうすればあちらに返す」
母親は自身に刺さった包丁を抜いた。
傷口から血が放物線を描いて吹き出した。
彼女はにっこり微笑んで血で汚れた包丁をかなめに差し出す。
かなめが躊躇していると、背後から藤三郎の叫び声が聞こえてきた。
見ると、卜部の隣には邪神が立っており、藤三郎を宙に浮かせて長い爪で弄んでいる。
服を剥ぎ取られて露出した藤三郎の弛んだ皮膚がゆっくりと引き剥がされていくのが見えた。
かなめは唇を噛みしめ震える手を包丁へと伸ばした。
血でぬめる包丁の柄を握りしめ、人形に視線を移す。
人形は時折びくびくと脈打つように動いていた。
「さ……アレを刺して。心臓はここよ?」
そう言って二人は人形の両脇を固めると、心臓の位置にべっとりと血の手形を付けた。
悲鳴と耳鳴りと二人の笑い声が響く。
「やれやれやれやれやれやれやれやれ」
「やれやれやれやれやれやれやれやれ」
満面の笑みで繰り返す両親。
震えてうまく力の入らない足で人形の前に立ち、かなめは包丁を頭上に掲げた。
「痛っ……!!」
刹那小指に鋭い痛みが走った。
カタン……
床に落ちた包丁が乾いた音を立てる。
かなめは振り上げた手をだらりと下げた。
「わ、わたしは……せ、先生を信じます……!!」
震える声をなんとか絞り出すと、人形がバタバタと音を立てて暴れ始めた。
両親は時が止まったように固まり、口を大きく開いて人形を見つめた。
ズボッ……!!
真っ白な布を突き破り一本の手がかなめの腕を掴んだ。
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