ケース5 旧友㉘
人形の胸を突き破った手がかなめの腕をぐんと引いた。
かなめはそのまま人形の裂け目に引きずり込まれた。
かなめはちらりと後ろを振り返る。するとほんの一瞬、両親と制服を着た自分と目があった。
その顔は虚無の仮面を被っていた。
しかしその虚ろな目の奥には寂しさと恨めしさが静かに横たわっているような気がした。
「よく耐えた……無事で良かった……」
卜部の声でかなめは我に返る。周囲には果てしない闇が広がっていた。
目の前には見たことのない表情を浮かべた卜部が立っている。
沈痛な面持ちでかなめの腕を摑む卜部にかなめはこくこくと何度も頷いた。
そうするうちに再び涙がじわじわと湧き上がってきて、やがてかなめはその場でへたり込むと声を上げて泣いた。
「わ゛だし……お゛父さんと……おがあ゛さんが……あん゛な……あんな事があっだなんで……!!」
「な゛んで……!? 何で忘れ゛ちゃったんですか……!? パパとママが……」
うまく言葉にならずに泣きじゃくるかなめの傍らにしゃがんで、卜部はかなめの頭に手を置いた。
かなめはぐしゃぐしゃの顔を上げて卜部を見つめる。
あたりは無音の闇だったが卜部の姿だけはその中でもはっきりと確認することが出来た。
「悪いのはお前じゃない……お前は何も悪くない……」
「じゃあ一体誰が……!?」
かなめはかすれた声で言った。
卜部は目を閉じた。すぅと息を吸ってから開いたその目はとても悲しい色をしていた。
「犯人に決まってる……だが……」
かなめは困惑した顔で次の言葉を待った。
「怒りと恨みに囚われるな……俺が言えた義理じゃないがな……」
ばつ悪そうに顎を触る卜部を見てかなめはくすりと笑った。
それから再び思い出したように表情を暗くしてつぶやく。
「でもやっぱり先生は凄いです。中村さんの仇を前にしても揺さぶられない……わたしはダメでした。あの指切りがなきゃきっと刺してました……先生以外の声に耳を貸さないって約束したのに……もし刺してたらって思うと……」
かなめが再び泣きそうになるのを察知して、卜部は低く唸ってからからぼそりと言う。
「指切りに助けられたのは俺の方だ……礼を言う。何度も指が千切れそうになったおかげで今も死ぬほど小指が痛いがな……」
かなめは目を大きく見開いて卜部を見た。小指に視線を移すと紫に変色して痛みに手が震えているのがわかった。
「行くぞ……中村を止める!!」
さっと右手を袖に隠して卜部が歩きながら言う。
かなめはこくりと頷くと、卜部の後について走った。
闇の中に浮かび上がる、藤三郎と中村が待つあの部屋の扉に向かって。
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