ケース5 旧友⑲

 

 

 迷いなく進む卜部の後をかなめは小走りで付いていった。

 

 薄い飴色に変色した赤松作りの洋館のエントランスには、煌めくシャンデリアが輝きを放っている。

 

 廊下の中央には美しい絨毯が敷かれ、通路の脇には観葉植物や背の高い壺が飾られていた。

 

 窓のない廊下は同じような景色の連続で、そのうえT字路や曲がり角がいくつもあり見通しがきかない。

 

 

 しかし卜部はまるで来たことがある場所を歩くように滞りなく進んでいく。

 

 

 かなめは背後から卜部に声を掛けた。影すらもほとんどない明るく豪華絢爛な建物の中に得も言えぬような不吉な気配が立ち籠めていたからだ。

 

 

「先生……藤三郎の場所が分かるんですか……?」

 

 

「ああ。獣が腐ったような臭いがする。この臭いを辿れば間違いなく奴にたどり着くだろう」

 

 

 かなめは鼻をすんすんとさせてみたが卜部の言うような臭いは感じ取れなかった。

 

 

 そんなことをしていると、かなめは卜部の背中にぶつかった

 

 見ると卜部は両開きの大きな扉の前で立ち止まっていた。

 

 

「ここだ……」

 

 卜部が取っ手に手をかけた時だった。

 

 

「待ってください!! 先生、約束ですよ……?」

 

 かなめが見上げた卜部の顔には静かな殺意が滲んでいた。

 

 

「ああ……行くぞ」

 

 

 軽快な音を立てて真鍮の留め金が開く音がした。

 

 音もなく扉を開くと、中からきつい香の匂いが漏れ出してきた。

 

 

 卜部は扉を大きく開いてつかつかと部屋に入って行く。

 

 かなめも卜部の背後に隠れるようにして部屋に入った。

 

 

 

 部屋の奥では暖炉が赤々と燃えていた。

 

 ちろちろと揺れる炎の明かりが部屋の壁に掛けられた鹿や狼の首に揺らめく影を作り出していた。

 

 

 暖炉のそばに置かれた豪華な肘掛け椅子には一人の老人が腰掛けている。

 

 老人は座ったままギロリとこちらを睨んだ。

 

 

 かなめは思わず身を固くする。

 

 その眼は卜部とはまったく異なる鈍い光を宿していた。

 

 

 濁った眼だった。その眼は他人を敵か味方か、あるいは利用できるか出来ないかでしか見てこなかった男の眼だった。

 

 

 

「あんたが藤三郎だな……?」

 

 卜部が低い声を出した。その声にはいつもと異なる響きが含まれていた。

 

 これほどまでに敵意を剥き出しにする卜部は初めてだった。

 

 痛いような緊迫した空気にかなめはごくりと唾を飲む。

 

 

 明らかな敵意を感じ取ったのだろう。藤三郎は抱えていた九龍香炉をサイドテーブルに置くと側にあった猟銃レミントンM1889に手を伸ばして言った。

 

「貴様は誰だ……?」

 

 

 

「俺は邪祓師の卜部だ。あんたを中村靖の怨霊から救いに来た」

 

 

 藤三郎は怒りの形相を浮かべて小声で何かを口走ったが聞き取ることは出来ない。

 

 

 卜部がさらに一歩近付いた時だった。

 

 耳をつんざくような銃声が鳴り響いた。

 

 

「それ以上近付いて良いと誰が許可した!? このたわけがぁああ!!」

 

 

 銃弾は卜部の数歩先の床に命中して青白い煙を立ち上らせていた。

 

 飛び散った破片で傷ついた卜部の頬からは血が流れている。

 

 怪異とはまた違う、圧倒的な死の気配にかなめは身体を縮み上がらせた。それは暴力という名の死だった。

 

 

 しかし卜部は動じる様子もなく弾痕を踏み越えて藤三郎の方へ歩き出した。

 

 

「あんたは俺を殺せない。怨霊の恐怖に夜も眠れず、怯えて過ごす日々はもうお終いにしたいはずだ」

 

 

「小僧がわかったような口を……」

 

 藤三郎は片方の銃口からいまだ煙を立ち上らせる猟銃をまっすぐ卜部に向けて目を細めた。

 

 

「それにあんたを狙ってる霊は、なにも中村だけじゃない……身に覚えがないわけは無いだろう?」

 

 

 

 卜部がそう言い放つと同時に部屋の明かりがちりちりと音を立てて明滅した。

 

 

 その様子に狼狽した藤三郎は額から一筋の汗を流すとぼそりとつぶやいた。

 

 

「そうか……貴様が卜部か……」

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