ケース5 旧友⑱
李偉は咄嗟に
本郷は眉一つ動かさずに田中に狙いを定めている。
「田中を救いたければ俺を撃てばいい」
本郷は田中から目をそらすこと無く、はっきりとした口調でそう言った。
「奴を撃て……撃たなければやられる」
耳元で田中がささやく。
「今から三つ数える!!」
本郷が叫んだ。
「やめろ本郷……!!」
李偉は片手で銃を構えながら抜け道を探す。
「ひとつ」
「あいつを撃て……」
田中がささやく。
「黙れ……!!」
李偉は田中に向かって叫んだ。
「ふたつ。どうした撃たないのか?」
「本郷!! 正気に戻れ!!」
「あいつを撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て」
「うるっさい!! 黙れぇえええええ!!」
濃縮された時間の中で聞こえるはずのない言葉が耳の中でぐるぐる回った。
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ殺せ殺せころせ
殺せ殺せころせコロセ
コロセコロセコロセコロセロセロセロセ
ロセロセロセロセロセロセロセロセ
セセセセセセセセセセセセセセセセセセセ
sesesesesesesesesesesese
「みっつ。時間切れだ」
ドン……
李偉はカッと見開いた目で崩れ落ちる本郷を見た。
崩れ落ちる本郷の背後には黒装束に身を包んだ鋭い目の男が立っていた。
「撃たなくて正解だ。よく耐えたな」
男はそう言って本郷の首元から小さな黒い人影を引き剥がした。
「こいつは疑心暗鬼。人の心の闇に巣食う鬼だ」
疑心暗鬼と呼ばれた小鬼は男の手の中できぃきぃ不気味な声を上げながらのたうっていた。
男が手に力を込めるとボキと鈍い音がして黒い人影は動かなくなった。
「お前は誰だ……!? 何者だ……!?」
李偉は震える声を押さえて男を睨みつけた。
「俺は邪祓師の卜部だ。お前の横にいる小さいのにも鬼が憑いてる。そのまま押さえておけ」
その言葉で李偉は咄嗟に田中に目をやった。田中はいつのまにか皺だらけの醜い姿に変わり耳障りな笑い声を上げていた。
「ひぃいい……」
「離すな!!」
卜部は叫ぶと同時に李偉の横に駆け寄り田中の髪を鷲掴みにした。
「オン アキシュビヤ ウン!!」
卜部が真言を唱えると田中の首元に黒い塊が浮き出してきた。
それは血と汚物を混ぜたような悪臭を放っており、李偉は思わず顔を手で覆った。
卜部は何の躊躇もなくその塊を掴んで引き剥がした。卜部の手の中で黒い塊は音を立てて溶けていった。
「亀!! もう出てきてもいいぞ」
卜部が叫ぶと森の暗がりからかなめが現れた。
「先生……!! あんな森に置き去りなんて酷いです!!」
かなめは卜部に駆け寄ると背後に隠れた。
李偉はその光景に呆気にとられて固まっていた。一体何がどうなっている??
「見かけによらず仲間想いなんだな」
卜部の声で李偉は我に返った。
「な、なんだと……??」
「此奴に憑かれるやつは他人を信用できない。あるいはある程度信じていても最後には裏切るような人間だ。お前は最後まで憑かれなかった」
それを聞いた李偉は暗い表情でうつむき加減に言った。
「俺はそんなんじゃない……人はいずれ裏切ることを信用している……!」
そう言って顔を上げた李偉の眼を見て卜部はほぅと感心したような声を出した。
「いい心がけだな。それよりこいつらを病院に運んでやれ。いずれ目を覚ますだろう」
「ふざけるな!! 侵入者を野放しに出来るわけがないだろう!!」
そう言って李偉は卜部に拳銃を向けた。
「悪いがお前に構ってる時間はない。もうすぐ藤三郎を襲いに来る怪異を俺は止めるために来た」
「なに……!?」
「藤三郎には手を出さん。こいつとの約束なんでな」
「痛……!!」
そう言って卜部はかなめの頭を小突くと玄関の方へ歩いて行ってしまった。
ひとり取り残された李偉は卜部の背中に向けて引き金を引くことも声をかけることも出来ずただ闇の中に立ちすくんでいた。
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