ケース5 旧友⑳

 

 

「なに……??」

 

 藤三郎が口にした予想外の言葉に卜部は眉間に皺を寄せた。

 

 

 藤三郎はニタァと汚い歯を見せて笑った。

 

「出来損ないの馬鹿息子が死に際に貴様の名を口走りよったわ……妻子を殺され、自分も虫の息の分際でこの儂を睨みつけてな!!」

 

「口から汚い血を垂らしながら何をほざくかと思えば、あとは卜部に任せるだの、卜部は必ずやる男だだの……自分で仇を討つことも出来ん腰抜けの能無しがたわけたことを抜かす」

 

 

「黙れ……」

 

 卜部は静かに口を開いた。その声には殺意が滲んでいた。 

 

 

 藤三郎はそんな卜部を見て邪悪にほくそ笑みながら話を続ける。

 

 

「一体どんな殺し屋かと思えば……はあっ!! 邪祓師!? 詐欺師まがいのとんだ半端者を寄越しよったわ!!」

 

「あげく……怨霊から儂を救うときた!! 友のために復讐も出来ぬ臆病者に用などないわ!! それに……」

 

 

 藤三郎は一層邪悪に顔を歪めて意地の悪い笑みを浮かべて言った。

 

 

「なんてことはない……そっちのお嬢さんと違って貴様もこちら側の人間だ。違うか? 人殺しの目をしとるわ……」

 

 

 その言葉でかなめの心にざわとさざなみが立った。卜部は黙したまま言葉を発しなかった。

 

 

「靖がどうやって死んだか話してやろう。あの馬鹿は育ててやった恩も忘れて儂の情報をほうぼうに流しよった!! 敵対勢力から警察にいたるまでだ!! お陰で儂はこの手で作り上げた組織の頂点から引きずり降ろされた。忌々しい限りじゃよ……」

 

 

「それで儂は復讐に奴と妻子を捕らえた。まずは目の前で妻子を凌辱してやった!! あいつは繋がれた手が引き裂けるのもお構い無しで涙と鼻水を垂らしながらもごもご何か叫んでおったわ!!」

 

 

「黙れ……」

 

 

「まだ初潮も迎えとらん娘を弄ばれた時の奴の顔は傑作だったわい!! 猿ぐつわを噛み締めた口から血を垂れ流しながら奴はそれを見ていた!! 情けない父親だ……」

 

  

「黙れ……」

 

 

「散々妻子を痛めつけるとな……あの男何と言ったと思う? ひと思いに殺してやってくれだ!! 儂は奴の言った通り妻子を殺してやった。奴が妻子を殺したんだ」

 

 藤三郎はかかかと天を仰いで嗤った。

 

 

 

「非道い……なんてことを……」

 

 その姿に、その心に、かなめは今まで感じたことのない嫌悪と怒り、そして恐怖を覚えた。それはかなめの意志に反して身体を震えさせた。

 

 

「それから儂はあいつをな……」

 

 

「もういい。それ以上喋るな」

 

 卜部は藤三郎の言葉を遮った。その目の奥に暗い闇が揺れた。地獄の淵を思わせるような底知れぬ暗闇。その闇は海千山千の老獪をもたじろがせた。

 

 

「くっ……それみたことか……!! 紛うことなき人殺しの目だ!!」

 

 

 卜部が藤三郎に手を伸ばそうとした時だった。かなめが大きな声で叫んだ。

 

「先生は人殺しなんかじゃありません!! 先生は……先生はたくさんの人を助けてきました!! 奪うだけのあなたとは全然違います……!!」

 

 その声で卜部は伸ばした手を下げた。

 

「ふん!! 小娘に何がわかる?? この男の全てを知っているのか?? どれだけ善人面しても目だけは誤魔化せん!! こやつの目は人殺しの目だ!!」

 

 

 

 卜部はチラリとかなめを振り返った。卜部は一瞬だけかなめと目を合わせると藤三郎の方へ向き直った。

 

 

「そうだ。俺は人殺しだ。だがお前には死でもまだ生ぬるい……!!」

 

 

 卜部がそう言い放つと同時に部屋の明かりが音を立てて弾けた。

 

 暖炉の火も弱々しくしぼみ、部屋の温度が一気に下がった気がした。

 

 

 

 青白い暖炉の火が差すだけの薄暗い部屋に無数の不気味な囁きが響き始めた。

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