ケース3 旅館⑲

 

 真っ赤に染まった写真の中の忌沼を見つめてかなめは固まっていた。横を見ると翡翠も表情が強張っている。

 

 

「ふん……まるで血染めだな」

 

 

 写真を覗き込んだ卜部が冷ややかに鼻で笑った。

 

 

「せ、先生!! 一体これは……??」

 

 

「さあな。紅葉の写り込みか何かだろ?」

 

 

 

 何となく気味が悪くなって忌沼に近付けずにいるかなめ達をよそに、卜部は水辺に向かってずんずん進んでいく。

 

 

 

「ま、待ってください!!」

 

 

 慌ててかなめが追いかけると、卜部は木の棒を拾って何やら水面を覗き込んでいる。

 

 

「何してるんですか?」

 

 

「魚を獲るんだよ……」

 

 

「魚ですか……??」

 

 

 

 卜部は靴と靴下を脱いでバシャバシャと水に入っていく。かなめも真似して水に足を浸けると、そこは氷のように冷たかった。

 

 

「ひぃいいいいい!! 冷たっ!!」

 

 

 すぐさま陸に上がるかなめをチラリと見て卜部が意地悪に口角を上げる。

 

 

「あー!! 今馬鹿にしましたね!?」

 

 

 そう言ってもう一度挑戦するもやはり冷たい水に耐えられずかなめは翡翠と一緒にその様子を眺めていた。

 

 

「鈴木……お前も入れ……!!」

 

 

 卜部に睨まれた水鏡は泣きそうな表情を作って同情を誘う。

 

 

「無理ですよぉ……僕はそういうの無理ですってぇ……」

 

 

 

 翡翠がすかさず流木を拾い上げて水鏡に手渡す。

 

 

「どうぞ」

 

 

「冴木くんはどっちの味方なのよ……?」

 

 

 にっこりと微笑む翡翠に観念して、水鏡は流木を受け取り冷たい忌沼へ足を浸す。刺すような冷たさに思わず汚い叫び声が上がった。

 

 

「のぁああああああ!!」

 

 

「黙れ!! 魚が逃げる!!」

 

 


 こうして大の男が二人揃って棒を片手に魚を探して浅瀬を歩き回る姿をかなめと翡翠は眺めていた。

 

 

 

 

「魚ぁあああ!!」

 

 

 

 突如卜部の叫び声と水を叩く音が響いた。

 


 見ると靴ほどの大きさの美しいニジマスを掴んで卜部が満面の笑みを浮かべていた。

 

 


「わあ!! 凄い!!」

 

 

 かなめと翡翠の拍手で我に返った卜部は、バツが悪そうにいつも通りのしかめっ面に戻って陸に上がってきた。

 

 

 

 

「これどうするんですか??」


 

 かなめが期待の眼差しで魚を見ている。

 

 

「言っとくが食うんじゃないぞ……?」

 

 

 かなめは残念そうに膝を抱えて魚を見つめて言った。

 

 

「じゃあどうするんですか……?」

 

 

 

「お捧げするんだよ」

 


 卜部はそう言って小さなナイフを取り出すと手際よく血抜きをし、内臓も抜いてしまった。

 

 

 

「誰にお捧げするんですか……??」


 

 かなめは膝を抱えたまま卜部に尋ねる。

 

 

 

 

 

「忌沼の主だ」

 

 

 

 かなめは卜部の目の色が変わったのを感じ取る。

 

 

 先生は本調子でないと言いながらもすでに進むべき道筋を知っているのだ。そしてその道を歩いている。


 急に背筋が伸びるような気持ちがした。

 

 

 ついつい旅行の熱に浮かされて自分の立場を見失っていた。

 

 

 わたしは先生のなのだ。先生に助けられるばかりで、先生を手助けできなければ、一体何のための助手だというのだろう?

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