ケース5 旧友⑦
断崖絶壁の崖の上に建てられた一軒の豪華な別荘。眼下には太平洋の荒波が見える。振り返れば鬱蒼とした森がどっしりとかまえており、屋敷に続く一本道では、要所ごとに監視カメラが目を光らせている。
急峻な山と海とに挟まれたこの別荘の立地は、そのまま侵入者に対しての高い防衛力を意味していた。
屋敷には如何にもといった感じの黒服のボディーガードが三人控えており、トップの座を退いてなお、少なくない影響力を持つ中村藤三郎を警護していた。
しかし藤三郎本人はといえば、ここ数日の間、屋敷の奥に引きこもって全く姿を表してこない。
それどころか要領を得ないことを口走って怯え始めたかと思えば、大声を上げて半狂乱で罵倒を繰り返すなどして御付きの者達を困惑させていた。
挙句の果てには霊媒師を呼んでお祓いまでする始末に、あの冷酷な藤三郎もとうとう耄碌したかと、陰口が囁かれ始めるほどだった。
「
藤三郎の怒声が久々に屋敷に響いた。
「ここにおります」
すぐさま黒服の中の一人が藤三郎の前に進みでる。
藤三郎は手に持っていたグラスを男に投げつけた。
男は姿勢を崩さずに立ったままで、それを避けようともしなかった。
案の定グラスは男の胸に当たって割れ、中に入った赤ワインがシャツに染みを作った。
「この前のインチキ霊媒師をここに連れてこい!! ダルマにして海に浮かべろ!! 生きたまま鮫の餌にしてやる!!」
藤三郎は忌々しげに大声でそう言うと、大事そうに抱えた九龍香炉を撫でながら奥の部屋に戻っていった。
李偉は藤三郎の背中に向かって黙って頭を下げるとその場を離れた。
「大老はまたご乱心か?」
黒服の大男が李偉の胸にできた薄紫の染みを指差して言った。
「ああ。この前の霊媒師を殺すように言われたよ」
李偉は流暢な日本語で答えた。
「殺すのか?」
大男は眉をひそめて小声で尋ねる。
「まさか……ここは日本だ。たかがお祓いの不手際ごときで簡単には殺せない」
大男はだよなと苦笑いして持ち場に戻っていった。
李偉はふぅとため息をついて着替えを取りに自室に向かう。
すると海の方から一陣の風が吹いた。
冷たい海風に流された雲は瞬く間に月を隠してしまう。
それを見た李偉はまたしてもため息をついた。
こんな素晴らしい別荘地で、大老は一体何を恐れているというのだ?
耄碌して、過去の罪の重さに耐えきれなくなったのだろうか?
それとも何か隠している秘密があり、そのせいで生命を狙われているのか?
いや……それならばお祓いよりも警備を厳重にするだろう。
やはりあの藤三郎もとうとう耄碌したということなのだろう……。
コツ……コツ……
そんなことを考えながら服を着替えていると何かが窓を叩く音がした。
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