ケース5 旧友⑧
その眼は一瞬で、捕食者を彷彿とさせる野生のそれへと変貌を遂げる。
どうにも嫌な感じがする……
李偉はホルスターの留め具を外し
コツ……コツ……
またしても窓から音がした。
しかし窓に人影は見当たらない。
いつしか李偉の身体からはねっとりとした嫌な汗が滲み出していた。
何度も感じたことのある濃厚な死の気配が鼻腔に漂う。
小石を投げておびきだす作戦か……?
そんな考えがふと頭を過ぎった時だった。
コンコン……!!
李偉は咄嗟に拳銃をドアに向ける。
「おい!! 李偉!! いつまで着替えてるんだ!?」
「すまん。今行く……」
仲間の声に安堵して李偉は拳銃をホルスターに仕舞った。
「あーあ」
誰もいないはずの部屋で気味の悪い声がした。
一瞬で全身が粟立つ。
身体ごと振り向いて部屋を見回しても当然そこには誰もいない。
窓の外に見えるのは鬱蒼とした木々の影と、影よりも深い闇ばかりだった。
「おい!! 李偉!! 何モタモタやってる!?」
仲間の大男が痺れを切らして部屋に入ってきた。
見ると李偉はカーテン強く掴んで窓の外を凝視している。
「侵入者か……?」
大男の顔にも緊張が走った。
「いや……そうじゃないんだが……窓の外で物音がして………」
歯切れの悪い李偉に大男は眉をひそめる。
「なんだってんだよ?」
一呼吸置いてから李偉はバツ悪そうに答えた。
「誰もいない部屋で声が聞こえた……」
それを聞いた大男は小馬鹿にしたように唇を鳴らして息を吐き出した。
「おい!! 勘弁してくれ!! お前まで大老みたいなことを言い出したら堪らねえよ!?」
大男は腰に手を当ててそう言いながら、李偉に冷ややかな視線を送る。
李偉は引きつった笑みを浮かべながら頷いた。
「すまん。そうだな……忘れてくれ」
そう言って二人は部屋を出た。
仲間の手前、平静を装っていたが、李偉は先程の嫌な気配と声が脳裏にこびりついて動悸が収まらずにいた。
黒いスーツで見えはしないが、着替えたばかりのシャツの両脇にはに大きな汗染みが出来ている。
玄関から外に出て五段ほどの低い階段を降りたところで大男は言った。
「俺は森の方を見張ってる
大男はそう言うと、どっしりとした足取りで森の方へ消えていった。
李偉は黙って大男を見送りながら、窓の外に広がった深い闇を思い出す。
そしてそこで目にしたモノを思い出して、再び身震いした。
「
李偉がつぶやいた母国の言葉は漆黒の闇に呑まれて消えた。
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