ケース5 旧友⑥

 

 

 卜部は携帯をコートのポケットに仕舞うとかなめに目をやった。

 

 かなめは不安そうな顔をしながらも、その目を真っ直ぐに見つめて卜部の言葉を待っていた。

 

 卜部は小さくため息をついてから話し始めた。

 

 

「中村の家族を殺した男の居場所が分かった。中村が男を殺すより先に中村を見つけたいが……おそらく見つけるのは困難だ」

 

 

 卜部はそれ以上話さなかった。仕方がないのでかなめは伺うように卜部の目を見ながら尋ねてみる。

 

 

「その男の所に行って待ち伏せするんですね……?」

 

 

「そうだ」

 

 卜部はかなめから視線を逸して、待たせてあるタクシーの方に歩きながら短くつぶやいた。

 

 

 かなめはゆっくり遠ざかる背中にいつか見た不穏な影を見出した。

 

 なぜだかもう二度と会えなくなるようなそんな気配を孕んだ寂しい背中。

 

 

 それが一体いつの記憶なのか、一体誰の記憶なのか、かなめには思い出せない。

 

 

 ただ激しい動揺がかなめの胸の中に渦巻いた。

 

 

 

 卜部は歩きながらかなめを見ずに言う。

 

「危険な相手だ。お前は事務所で待機してろ」

 

 

 

 

「私も行きます」

 

 

 

 かなめは卜部の腕を掴んで強い口調でそう言った。 

 

 

 

「駄目だ」

 

 

 

 そう言って卜部が振り向くとそこには目を真っ赤にして涙を流すかなめの姿があった。

 

 

 

「お前は俺の助手だ。俺の命令に従え!!」

 

 

 

「嫌です!! 今回は従えません!!」

 

 

 

「なんだと……!?」

 

 

 卜部はかなめを睨んで凄んで見せた。しかしかなめはその眼を真っ直ぐに睨み返した。

 

 

「助手の仕事は!! 先生を手助けすることです!! 命令に従うことじゃありません!!」

 

 かなめは卜部の腕を両手で掴んだまま叫んだ。

 

 

「屁理屈言うな!! 今回は霊が相手じゃない!! 相手はマフィアだ!! お前がいても足手まといだ!!」

 

 

「邪魔になりません!! 自分の身は自分で守ります!! それに……」

 

 

「それになんだ?」

 

 卜部は低く冷たい声で問いただす。

 

 

「先生いつもと全然違います……ずっと辛そうで、悲しそうで、すごく冷たくて……はっきり言って怖いです!!」

 

 

「なっ……!?」

 

 

「今の先生にはわたしが必要です……!! わたしは先生の助手です!! 先生が危ない時はわたしが助けるんです……!!

 

 

 

「わたしは先生を復讐者にしたくないんです……!!」

 

 

 かなめはいつの間にか泣きじゃくりながら叫び散らしていた。

 

 

 顔を真赤にして、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら卜部の眼を真っ直ぐに見つめる。

 

 

 卜部はその眼をしばらく黙って見つめていた。

 

 

 やがて大きなため息をつくと静かに口を開いた。

 

 

「準備がいる……一旦戻るぞ。それと向こうでは絶対に俺の指示に従え。いいな? 亀……!!」

 

 

 

 

「がめ゛じゃありま゛せん……がなめでずぅ……」

 

 

 

 かなめはそう言ってわんわん泣きながら卜部のコートの裾を掴んだ。

 

 

「おい!?」

 

 

 卜部が気づいたときには時すでに遅く、かなめはコートの裾で鼻をかんでいた。

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