ケース5 旧友⑤


 

 かなめが卜部に追いつくと卜部は電話で話しをしていた。卜部の態度と現状を考えれば電話の相手はおそらく張さんだろう。

 

 

 

「おい!! なんでおめぇの口から中村の名前が出てくるんだ!?」

 

 一課のオフィスに泉谷の怒声が響いた。

 

 視線が自分に集まったことに気が付いて、泉谷は今さらではあるがコソコソと部屋をあとにする。

 

 

「おい卜部!! このヤマには手ぇ出すな!! 相手はヤクザよりたちが悪い」

 

 泉谷は口元を手で覆って小声で言った。

 

 

「東南アジアを拠点にしてる麻薬の密売組織だろ?」

 

 受話器から聞こえてきた単語に泉谷は辟易とした表情を浮かべた。いったいこいつはどこからそんな情報を仕入れてくるんだ?

 

 

「そうだよ……いいか? このヤマは公安と三課も合同で進めてる極秘任務だ!! 中村一家殺害事件として一課だけで調査してるわけじゃねぇ……!!」

 

 なんとか卜部を引き下がらせようと泉谷も必死で説得を試みる。しかしこの男が一筋縄ではいかないことを泉谷は知っていた。知っていたからこそ、なんとしても身を引くように説得したかった。

 

 

「張さん……ホシの目星はもう付いてる。そっちが情報を渡す気がないならで動くまでだが……どうする?」

 

 

 卜部の言うとは、つまりそういうことだ。超自然的な方法。現行の法では裁くことのできない不可解な方法。

 

 この男は確かにそれを行使することができる。誰も信じないだろうが、俺はこの目で、何度もありえない光景を目にしてきた。

 

 

 泉谷はしばらく頭を抱えて唸っていたが、諦めたようにため息をついて肩を落とした。

 

 

「条件がある……」

 

 

「なんだ?」

 

 

「お前のことだ……お目当ては実行犯のヒットマンではないんだろ……?」

 

 卜部は沈黙したまま続きの言葉を待っていた。

 

「中村一家殺害の指示を出したのはお察しの通り、中村靖の実父、中村藤三郎だ」

 

 

「こいつはもう組織のトップから降りてる。今のトップは中華系のマフィアの男だ。この男をあげたい一心で今は組織を泳がせてる。だから今は事を荒立てたくない!!」

 

 泉谷は一気に捲し立てた。

 

「それで条件はなんだ?」

 

 卜部の静かな声が受話器から響いた。

 

 

「こいつをあげるまでお前は動くな!! それだけだ!!」

 

 

 受話器からは沈黙が返ってきた。

 

 

「おい!! 聞いてるのか!? 卜部!!」

 

 

「悪いが張さん。あんたは勘違いしてる」

 

 

「なにぃ!?」

 

 思わず泉谷は声を荒らげた。

 

 

「中村藤三郎は数日以内に変死する。俺の仕事ははそれを止めることだ……」

 

 

 卜部の放った予想外の言葉に泉谷は思わず言葉に詰まった。

 

 

「このタイミングで藤三郎が死ねば、下手をすれば暗殺とも取られかねないだろう……そうなればそっちの計画にも支障が出るんじゃないのか……?」

 

 

 泉谷は地団駄を踏みたくなる衝動をなんとか抑えて、握りこぶしを振り回して気持ちを落ち着けた。


 

「条件追加だ!! 今度助手のかなめちゃんとデートさせろ!!」



「却下だ……」



「じゃあ行き詰まってる超常案件の捜査協力だ!!もちろん無償でだぞ!?」


 泉谷は受話器に向けて怒鳴った。



「いいだろう」


 卜部の静かな返答が返ってきた。



 

「何が知りたい……?」

 

 

 泉谷は低い声で唸るように言葉を絞り出した。

 

 

「中村藤三郎の居場所を教えろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る