ケース5 旧友④

 

 タクシーがたどり着いた場所は山に建った大きな寺社だった。

 

 四脚門をくぐり手入れの行き届いた石畳を抜けて本堂にたどり着くと、柔和な表情を浮かべた住職が出迎えてくれた。

 

 

「俺は卜部という者だ。中村という男に娘と女房の世話を頼まれてここに来た」

 

 卜部が手短にそう伝えると住職は頭を下げて言った。

 

「伺っております。私のところにも中村様がお見えになりました」

 

 卜部はその言葉に顔をしかめる。

 

 

「見るところによりますと、あなた様もその道の方かと存じます」

 

 

「どうぞこちらへ……」

 

 そう言いかけた住職は目を細めて卜部を見据えると小さくかぶりを振った。

 

 

「なんと痛ましい……あなた様を本堂にお入れすることは叶いませんね……」

 

 

「ほう……解るのか」

 

 卜部がそう言うと住職は敷地の脇に建てられた集会所へ二人を案内した。

 

 

 

「さっそくで悪いが中村の娘と女房はどこにいる? 俺には時間がない」

 

 卜部は敷かれた座布団には座らずに住職に詰め寄った。

 

 

「こちらにおります。しかし卜部様には、お二人に合う前に一つ約束をしていただきたい」

 

 住職は静かに言った。

 

「いいだろう」

 

 

「今卜部様のお心は夜叉に支配されております。その刃を納めて頂きたい。今のお顔ではお二人も怯えてしまうことでしょう」

 

 

 卜部は細く長い息を吐き座布団に座り姿勢を正した。

 

 

「仏閣に相応しくない所作、まことに申し訳無い。改めて、中村やすしの妻子に会わせていただきたく」

 

 卜部はそう言って頭を下げた。

 

 

「こちらへ」

 

 

 住職はそう言って本堂の裏手に広がる霊園に二人を案内した。

 

 住職が手で示した場所には中村家之墓と刻まれた真新しい墓石が太陽の光に輝いていた。

 

 

「靖くんはこうなることを解っていたようで……もしもの時は自分をここに弔って欲しいと……それがまさか奥方とお嬢さんまでこんなことに……」

 

 住職は寂しげな表情を浮かべて静かに告げた。

 

 

「妻と娘も死んだのか……?」

 

 卜部は小さくつぶやいた。

 

 住職は懐から一枚の写真を取り出し卜部に手渡す。

 

 

「少し前の物ですが。幸せそうな顔で笑っているでしょう?」

 

 

 卜部はそれを見つめて固まっている。肩が小さく震えていることにかなめは気が付いた。

 

 

「卜部様。復讐などなさってはなりません。復讐では誰も救われません。どうか矛をお納めください」

 

 

「あいつは……」

 

 卜部はそこで言葉に詰まった。髪を掻き上げて天を仰ぎ大きく息を吐く。

 

 

 

 

「邪悪は今も人目の届かない場所でこれ見よがしに踊っている……」

 

 

 

「誰かが祓わなければ」

 

 

 卜部はそう言うと霊園から立ち去った。

 

 かなめは住職に一礼して卜部の後を追おうとした。

 

 

「お待ちなさい」

 

 住職の声にかなめが振り向く。

 

 

「お嬢さん。どうか彼を支えてあげてください。彼は優しく、とても危うい」

 

 

 かなめはその言葉に目を見開き、そして顔を伏せた。

 

 

「わたしは……」

 

 かなめはなんとか言葉を絞り出そうとしたが続く言葉が見つからない。

 

 

 住職はそんなかなめににっこりと温かい笑顔を向けて言った。

 

 

「彼にはあなたのような人が必要です。側であなたが支えてあげてください」

 

 

 かなめは顔を上げてその言葉に頷くと卜部の後を追って走っていった。

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