ケース2 プール⑲


 かなめはニヤニヤを噛み殺しながら反町ミサキとの待ち合わせ場所に向かっていた。

 

「いいか? 絶対に更衣室で着替えるなよ?」

 

 かなめは緑の非常灯に照らされた不気味な廊下で、卜部の声色を真似て口に出してみた。

 

 そう言った卜部の真意を想像すると、不吉な気配の只中だというのにどうしても気持ちが浮ついてしまう。

 

 

 

 もうすぐ待ち合わせ場所だ。そう思ってかなめはニヤニヤを落ち着かせ、廊下の角を曲がり待ち合わせのエントランスに入った。

 

 

 

 その時だった。強烈な悪寒がかなめを襲った。

 

 

 かなめは真正面に立つ、反町ミサキの恐怖に引きつった顔を見た。反町ミサキの視線はかなめの足元に向けられている。

 

 

 先程までの浮かれた気持ちは一瞬で萎びてしまった。

 

 今は息を殺してビクッビクッとまるで痙攣するように震える身体を無理やり押さえつけるので精一杯だ。

 

 

 ひゅーひゅー

 

 

 自分のか細い呼吸が聞こえる。

 

 ゆっくりと視線だけを足元に落として……

 

 かなめはもう一度ゆっくりと目を瞑る。

 

 

 

 叫びたい。叫びたい。叫びたい。

 

 

 

 しかしそれが命取りになることをかなめは知っていた。

 

 は怯えれば怯えた分だけ、必ずこちら側に踏み込んでくる。

 

 

 はぁ……

 

 

 かなめは無理矢理に叫び声を静かな息に変えて吐き出すと、ゆっくりと重たい足を前に踏み出した。

 

 

 纏わり憑く赤ん坊達を引きずりながら。

 

 

「だ、大丈夫です。落ち着いてください」

 

 かなめは反町ミサキに引きつった笑みで笑いかける。しかし彼女の顔は強張り、ゆっくりと口が開かれる。

 

「い、嫌あああああああああああぁああああ」

 

 そう大声で叫んで反町ミサキは走り出した。

 

「ま、待って!! だめです!!」

 

 かなめは必死で彼女を落ち着かせようとしたが遅かった。

 

 かなめが見ると足元に赤ん坊達の姿は無く、反町ミサキの駆けて行った方に向かって、引きずったような粘液の跡が残るだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る