ケース2 プール⑱
閉館した夜のプールは水を打ったような静けさだった。不気味な気配にかなめは身震いする。
緑色の非常灯は不吉な気配を孕んでいて、かなめをますます不安な気持ちにさせた。
「榛原さんは来るでしょうか?」不安を振り払おうと、濡れた傘を畳みながらかなめが尋ねる。
「反町ミサキが上手くやっていれば……な」卜部は廊下の奥にある深い闇を睨みながら答えた。
冷たい秋の雨は、館内まで細かい水の粒子で満たし、耐水ペンキで分厚く塗りたくられた壁をヌメヌメと光らせている。
水滴が音もなく壁を伝う気配さえ感じられる。こういう時は得てして見たくもないものまで見えてしまう。
かなめは進むのを躊躇ったが、先を行く卜部に置いていかれまいと慌てて後を追った。
「さっき話した通りだ。お前は例のモノを回収してこい。そっちは安全だ」
顔も見ずに話す卜部の横顔をかなめは盗み見る。そこには青ざめて緊張する卜部の表情があった。
「先生は……?」
「先にプールですることがある。回収したら反町ミサキと合流してプールに来い」
かなめは頷いて目的地に向かおうとした。しかしふと気になって立ち止まり卜部の方に振り返った。
「先生!!」
はっきりした声で卜部の名前を呼ぶ。するとここに入ってから初めて、卜部はかなめの方を見た。
「なんだ?」
「先生なら大丈夫です!」
かなめは握り拳を二つ作って胸の前に構えて見せた。それを見た卜部はふっと笑い廊下の闇に向き直った。
そのとき一瞬だけ、卜部の表情から緊張の色が消えたのを、かなめは確かに目撃した。
「右肩に一体憑いてる」
背中越しに卜部はそう言うと闇の奥へと消えていった。
「もぉー!! 今の場面で普通そういうこと言います!?」かなめは右肩を気にしながら闇に向かって叫んだが返事はなかった。
静けさの中にたった一人取り残され不安を感じながらも、かなめは目的地に向かった。
目的の更衣室に到着すると、かなめは一目散に奥のロッカーへと向かう。
「いいか? まずはロッカーにある隠しカメラを回収しろ」
「か、隠しカメラ!?」
「そうだ。更衣室の怪異はプールの怪異とは異質だ。若い女の着替え時にしか現れない。今回の怪異はそんなモノに興味はないにも関わらずだ」
「じゃあ一体何なんですか?」
卜部は冷淡な嘲笑を目元に浮かべた。
「もうわかってるだろ? ここでそんなモノに興味がある人物は一人だ」
「榛原大吾……」
「ご明察。黒い影は奴の邪念。生霊だ。その影がいる場所に奴のお宝は隠されてる」
卜部との会話を思い出しながらかなめは影が現れたロッカー周辺を調べた。すると壁の色が微妙に他とは異なる部分がある。
「これだ……」
そこには壁の穴にパテで埋め込まれた小さなカメラがあった。かなめは手袋をはめて、できる限りそのままの状態でそれをジッパー付きの袋に収めた。
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