ケース3 旅館㉔
温泉から上がるとどうも従業員たちが騒々しい。
一流旅館たる威厳は従業員の引きつった愛想笑いとともに崩れつつあった。
卜部達四人が慌ただしい雰囲気を感じつつも搾りたて牛乳で一服していると中居の一人がツツツと近寄ってきて頭を下げた。
「誠に申し訳ありません。ただいま電線か何かのトラブルで電話が使えない状態になっております。水鏡御一行様には復旧までご不便をおかけいたします」
それだけ言うと中居はそそくさとどこかに去って行ってた。
「俺は部屋に戻るぞ。多分この様子じゃ晩飯は期待できないだろう……」
卜部はボソリとそう言うと部屋に戻っていった。
水鏡は卜部の背中を笑顔で見送りながらホッと胸を撫で下ろしていた。
「ふぅ……おっかない腹痛先生が行ったところで!! 宴会場でカラオケでもしちゃいますか!?」
水鏡は両手の人差し指でピストルの形を作りかなめに向けてウインクした。
すると翡翠がその指を掴んで捻り上げた。
「アアアタタタタタ!!!! 痛い!! 冴木くん!! 指折れちゃうっ!!」
「先生は大事なお仕事がおありの筈です。カラオケは私とかなめさんの二人で楽しんできますので」
翡翠は捻り上げた指を一向に緩める気配を見せずにゾッとするような笑みを水鏡に向けた。
「わわわわ!! 分かりました!! 分かったから!! 指を!! 指を離して!!」
開放された水鏡は指にフーフーと息を吹きかけながらも、自販機に写った自分の姿をチラリと確認した。
かなめと翡翠はその様子を見て肩をすくめるのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
坂東は土砂降りの山道を軽トラで登っていく。
忌沼温泉旅館はちょうど二つの連なる山の谷に位置していた。
それゆえ、人里に向かうためには一度山を登り、再び下ることになる。
急がにゃならんのに雨で視界が悪い……
まったくこんな季節外れの土砂降りの日に亡くなることもないだろうに……
そんなことを考えながらも、慣れた山道を進んでいると視界に一匹の蝿が飛び込んできた。
坂東はそれを片方の手で払った。しかし蝿はその手を掻い潜ってしつこく坂東の顔に纏わりついた。
「鬱陶しい蝿じゃなあ!!」
蝿を払った拍子に、林の中の人形たちに目が止まった。
人形たちはあんな向きを向いとっただろうか……?
奇妙なことにボロキレで作られたずぶ濡れの人形たちは一様に斜め前の一点を見つめていた。
「しまった……!!!!」
虫の知らせが来て咄嗟にブレーキを強く踏んだ。
けたたましいブレーキ音を立てながらタイヤはぬかるみでスリップする。
小さくゴツンという衝撃があった後、坂東は恐る恐る目を開ける。
見ると檜の巨木が電線を巻き込み倒れていた。
「ありゃあー。こいつで電話線がイカれちまったんだな……」
そうつぶやいて、命拾いしたことを神仏に感謝していると、またしても蝿が顔の周りを飛び回った。
「こいつめ!!」
バチン……
坂東はフロントガラスに止まった蝿を素手で叩き潰した。
手についた蝿を拭おうとした瞬間、地響きが起こりバキバキと木の折れる音が鳴り響いた。
えっ……?
断末魔の叫びを上げる間もなく、土石流は坂東をトラックごと谷底に消し去ってしまった。
それと同時に忌沼温泉旅館から明かりが消えた。
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