ケース5 卜部と泉谷の会話
人気のない地下道に卜部は独り佇んでいた。しばらくするとコツンコツンと足音がトンネル内に反響する。
足音の主は警視庁捜査一課の泉谷張だった。
卜部は泉谷と顔を合わすなり胸ぐらを掴んで低い声で言った。
「なぜ警察は中村の家族を保護しなかった……!! あいつは命がけで情報提供したんだぞ……!? なぜみすみす藤三郎に妻子を拐わせた!?」
しかし泉谷は黙して語らない。
「何とか言ったらどうだ……!? 張さん……!!」
卜部は掴んだ胸ぐらをさらに高く引き上げて鼻息荒く叫んだ。
しかし泉谷はやはり卜部の目を真っ直ぐに見つめるばかりで、されるがまま何も答えなかった。
その目に何かを感じ取った卜部は胸ぐらから手を離して泉谷を睨みつけた。
しばらく睨み合いが続いた後に、泉谷は根負けしたように静かに口を開いた。
「俺たちはちゃんとやった……嫁さんと娘さんをごく一部の人間しか知らない隠れ家に匿ってた……場所は俺でさえ知らん」
「じゃあなぜこんなことになった!?」
卜部はなおも泉谷を睨んだまま険のある声で言う。
「情報が漏れてたんだよ……」
「な……貴様らは……」
絞り出すようにそう口にした泉谷の肩はわなわなと震えていた。
卜部はそれを見て吐きかけた言葉を飲み込む。
「どういうことだ……?」
大きく息を吐いてから卜部は言い直した。
「わからん……内部でも大問題になって徹底的に身内の身辺調査をした……しかし誰も情報を売った形跡もなければ、漏らした形跡もない……」
そこまで言って泉谷は深々と頭を下げた。
「まことに申し訳ない……関係のない一般人の方々を巻き込み、こんな結末になってしまったこと、警察を代表して深くお詫びする……!!」
卜部は前髪を掻き上げて後頭部でぴたりと手を止めた。そのままの姿勢で虚空を睨み深呼吸する。
「何かおかしな痕跡は見つからなかったか……?」
卜部の抑揚のない声がトンネルに響いた。
「よくわからん奇妙なことがあった……」
泉谷は視線を左に向けて言う。
「鍵は外からしか開かない鍵と、内からしか開かない鍵の二重ロックになってたんだよ」
「万一勝手に外に出たらまずいし、外から鍵を壊されても内鍵で時間を稼げるからな……」
「警察の人間が外鍵を開け、中から安全を確認してから内鍵を開けるのがルールだった……」
「だが……」
泉谷の表情が険しくなり空気が張り詰めた。
「開いてたんだよ……鍵が両方とも……」
「つまりだ……カミさんの方が中から鍵開けたってことになる……」
泉谷は低い声で自信なさげにつぶやいた。
「あるいは……」
卜部が続けて言った。
「触れもせずに鍵を開けることができる何者かがいたってことだ……」
「おい卜部……心当たりがあんのか……!?」
「いや……ただの憶測に過ぎん。怒鳴ってすまなかった」
それだけ言って卜部はその場を立ち去った。
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