ケース5 旧友㉞


 

 卜部とかなめは無言で屋台の長椅子に腰掛けていた。

 

 暗い夜道を歩き、彼方に朝の気配が漂いだした頃、同時に美味そうなスープの匂いも漂いだした。

 

 二人で顔を見合わせて匂いの元をたどると、夜釣りの釣り人で賑わう漁港の近くにラーメンの屋台を見つけたのだった。

 

 

「へいお待ち」

 

 二人の前にどんぶりが置かれた。

 

 立ち上る湯気の奥に見える透き通った飴色のスープに薄いチャーシューが二枚。青ネギとメンマにナルトが乗った鶏ガラ醤油の昔ながらの支那そば。

 

 卜部はスープにレンゲを沈めるとゴクリと喉を鳴らしてスープを口に運んだ。

 

 チラリと横に目をやると、かなめは左手で髪を耳に掛けながら大量の麺を頬張っていた。

 

 

「うま〜〜〜っ!! 生き返ります……!!」

 

 ずずずっと麺をすすってからかなめが声を上げた。

 

 

「こんな夜更けにラッキーだったな」

 

 卜部も麺を頬張りながらしみじみと言う。

 

 

「昔パパと釣りに行った帰りを思い出します!!」

 

 チャーシューをかじりながらかなめは喜々とした表情で言った。

 

「張り切って夜中頑張ったんですけど、結局一匹も魚が釣れなくて、帰りにこんな感じの屋台でラーメンを食べたんです」

 

「ママがいないから釣れなかったんだって言って、今度はママも一緒に行こうって言ったんですけど、結局それ以来釣りなんて一度も行きませんでした」

 

 卜部はその話を黙って聞いていた。

 

 かなめは笑顔で麺をすする。

 

 卜部も黙って麺をすすった。

 

 

 

 やがて麺が無くなり、透明のスープだけが残ったどんぶりの底を見つめながらかなめがつぶやいた。

 

「こんなにちゃんと覚えてるのに……どうして忘れてたんだろう……あの日のこと……」

 

 

 

 

「よほどショックだったんだろう……防衛機制が働いたんだ。それは悪いことじゃない。お前の両親もお前が苦しむことを望んではいないはずだ」

 

 

 卜部は机に両肘をついてスープに映る自分の顔を見ながら答えた。 

 

 

 

 

「わたしの両親は天国に逝ったんですか……?」

 

 

 しばらくの沈黙の後でかなめは恐る恐る卜部に尋ねてみた。 

 

「天国は俺も知らん。だが行くべきところに行ったのは間違いない。そこは地獄ではないはずだ」

 

 それを聞いたかなめは、目尻の雫を拭うと残ったスープを飲み干した。

 

 

「ぷはぁー!! 中村さんも行くべき所に行ったんですよね……?」

 

 

「さあな。だが中村が行くべきところは決まってる」

 

 

 卜部は二人分の勘定を机に置いて立ち上がった。

 

 

「帰るぞ亀」

 

「亀じゃありません!! かなめです!!」

 

 

 

「先生!!」

 

 呼び止められて卜部が振り向くと何かを覚悟したかなめが立っていた。

 

 

「わたし、犯人の顔を見た気がするんです!! 今はまだ思い出せないけど……いつか犯人を捕まえてこの世界から邪悪をひとつ減らします!! 誰かが悲しい思いをしないで済むように……!!」

 

 卜部はいつになく真剣な目でかなめの目をまっすぐに見つめた。

 

 

「だから……これからもよろしくお願いします!!」

 

 かなめは深々と頭を下げる。

 

 

「あまり気張るな。お前はお前のままでいい」

 

 

「え?」

 

 

「なんでもない!! 行くぞ亀!! まずはその鈍臭いのをなんとかしろ!! 帰ったら武術を叩き込んでやる……」

 

 

 

「え……!? 武術……!? なんでそうなるんですか!? ていうか亀じゃないです!! ちょっと……!! 待ってください!!」

 

 

 

 こうして二人は燃えるような朝焼けを背に家路につくのだった。

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