ケース5 旧友㉝
藤三郎は明瞭な意識で目を覚ました。
目の前には黒いボストンバックを抱えた李偉の姿が見える。
「李偉か……どうやらあの忌々しい霊媒師は片付いたようだな……」
李偉は何も答えずにボストンバッグのファスナーを開いて中を確認している。
カチャ……ガチャ……
金属の触れ合う重たく硬質な音が静かに部屋に響いた。
「で……? 奴らはどこだ? もう始末は済んだのか?」
李偉はなおも何も語らず藤三郎に背を向けたまま鞄の中を探っている。
「おい……!! 貴様!! 聞いてるのか!?」
痺れを切らした藤三郎は怒鳴り声を上げて李偉の肩を掴もうと手を伸ばした。
李偉の肩に触れる間際、藤三郎は床に横たわる自分の姿が目に入った。
床に倒れた自分は額から血を流し満面の笑みで死んでいる。
「ひぃいいい……」
藤三郎は悲鳴を上げて後ずさった。
すると李偉が眉間にしわを寄せて振り返った。
銃を構えて周囲を一通り警戒すると、李偉は銃をしまって再び鞄に向き直る。
「儂が見えんのか……!?」
藤三郎は恐る恐る自分の遺体に近づく。遺体の横にはシートとゴミ袋が置かれ、ずらりと工具が並んでいる。
それを見て藤三郎は李偉が何をしようとしているのかを察した。
そして一気に血の気が引く。しかしもう藤三郎の体には一滴の血も流れていなかった。
李偉は何の感情も読み取れない表情のまま、黒いラッテクスの手袋を嵌めると鞄から糸鋸を取り出した。
「やめろぉおおおお!! 李偉!! やめろおぉおおぉおお!!」
必死で叫ぶ藤三郎の顔を亡者たちがニヤニヤしながら覗き込んだ。
李偉は慣れた手付きで藤三郎の肩関節を切断していく。
心臓の止まった藤三郎の体はすんなりと鋸刃を受け入れ返り血を吹き出すこともない。
「やめろ!! やめてくれ!!」
刹那、藤三郎の肩に鋭い痛みが走った。
見ると右の肩から先が無くなり、肉の断面に関節の窪みが露出していた。
「ぎゃああああああああああ!!!!!!!!!」
肩を押さえて泣き叫んでいると亡者たちのクスクスと嗤う声が耳に届いた。
痛みに顔を歪めながら声の方を見ると、亡者たちが自分の腕をぶらぶらと揺らして笑っているのが見えた。
李偉は切断した右手の関節にナイフで切り込みを入れると見事な手際で関節を切り離した。
その手際は獲物を解体するハンターのように無駄がなく、藤三郎の前腕と二の腕は厚手のゴミ袋の中にそっとしまわれた。
藤三郎は恐怖にわなないた。
切断されたはずの右手が痛むのだ……
李偉が切り離した関節部分から焼けるような痛みが伝わってくる。
亡者たちは二つになった右腕を見せびらかしながら笑顔で言った。
「お前の肉も魂も私達の手に堕ちた。本来ならば死で切れるはずの肉と魂の繋がりも私達のものだ……」
「これは余興に過ぎない……本番はお前の肉が尽きてから霊体のほうでたっぷり味わうといい……」
「裁きの日が訪れるまでお前は私達のものだ……!!」
部屋に響き渡る藤三郎の悲鳴と亡者たちの狂乱の声。
しかし李偉の耳には、糸鋸を引く音のほかは何も聞こえなかった。
ただ正確に確実に効率的に、李偉は藤三郎の体を小さくしていく。
空が白み始める頃、李偉はゴミ袋をトラックの荷台に詰めて屋敷をあとにした。
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