ケース5 旧友㉛
床に残った灰色の残骸のひとつを手にとって大事そうにしまうと、卜部は立ち上がって藤三郎の方に振り返った。
卜部はポケットから折りたたまれた紙を取り出し、藤三郎の方へと歩いていく。
そして結界の中でうずくまる藤三郎の胸ぐらを掴んで立たせると、右の拳を藤三郎の鼻めがけて振り抜いた。
「うぐぅううぅうう……」
鼻を押さえた藤三郎の手から血が溢れた。
卜部は血で汚れた藤三郎の手を取ると、先程の紙にその親指をぐりぐりと押し当てる。
「これで契約成立だ……お前の身柄は警察に引き渡す。そこでお前は聞かれたことを洗いざらい喋る。お前は心の底から悔い改めて罪を償うまで一生彼らから逃げられない……!! もし契約を破れば、即刻お前の肉も血も魂も彼らに引き渡される…!!」
「言っておくがこれは復讐ではない。契約だ…」
藤三郎が目を上げると、先程まで円を描いて近付いてくることが出来なかった亡者たちがずりずりと不具の身体を引きずりながら自分に迫ってきているのが見えた。
その顔は残酷な笑みで歪み、あるものは歓喜に打ち震えて涙を流している。
「うわぁぁあああああああ!!」
藤三郎は叫び声を上げながら四つん這いで暖炉の前まで逃げた。
中村が消えた部屋の暖炉は息を吹き返し、橙色の炎が俯く藤三郎の顔に深い陰影を刻む。
「いくぞ亀。あとは警察に任せる。帰るぞ……」
肩を震わせうずくまる藤三郎を一瞥してから、卜部はかなめの方を向いて言った。
しかしかなめは表情を強張らせて卜部の背後を静かに指差した。
卜部が振り向くと、そこには猟銃を構えた藤三郎が、焼けただれた口を醜く歪めて勝ち誇った顔で立っていた。
「天は儂に味方した……!! 契約なら、お前が死ねば不履行だろう……!? 跪け!! あの馬鹿を葬ってくれた礼をくれてやる……!!」
焼けた灰掻きをねじ込まれたにも関わらず、男は血と涎を撒き散らしながら叫んだ。
血走った目、狂気の表情、体中いたるところにできた火傷の痕。そしてどこまでも人の道を外れた邪悪な本性。
そのどれをとっても、かなめにはもはや藤三郎が同じ人間だとは思えなかった。
かなめの目に映るその男は、邪悪に飲まれ、それと同化し、人ならざる何かに成り果てた醜悪な
卜部の頬を汗が伝った。
藤三郎の構える猟銃には狩猟用の散弾が込められている。放射線状に広がる銃弾を完全に避けることは出来ないだろう……
射線上にいるかなめをチラリと見て卜部は覚悟を決めた。
かなめと藤三郎の間で両手を広げる。
「先生……!! 駄目です……!!」
かなめが叫ぶのと同時にターン……と乾いた銃声が響いた。
どさりと崩れ落ちる音がした。
かなめは卜部に駆け寄りその体にしがみつく。
「俺は大丈夫だ……」
卜部がかなめの頭に手を置いた。
かなめはぐしゃぐしゃの顔で卜部を見上げた。
すると卜部はそんなかなめに顎で藤三郎の方を指し示した。
見ると藤三郎は額に穴を開けて、醜い顔を笑顔で引きつらせたまま床に崩れ落ちていた。
「まさかお前に助けられるとはな……」
卜部の視線の先には銃口から煙を吐き出す
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