邪祓師の腹痛さん

深川我無

プロローグ

 真っ暗な部屋の中、テレビの青白い光が点滅している。

 

 ソファに腰掛けてテレビを眺める母の後ろ姿を見ると、私の胸中にはえも言えぬ恐怖がふつふつと湧き上がってきた。

 

 母に気付かれぬようにこっそりと二階に上がろうと試みるも、母はこちらを振り向きもせずに私を呼んだ。

 

 先程までかしましく鳴っていたテレビの音声はいつの間にか消えて、画面は砂嵐を映し出している。

 

 

 

 ザーーーーーーーーーーー


 

「こっちにいらっしゃい」

 


 砂嵐の音を背景に母の声が響く。


 私は背筋をのぼってくる恐怖で、いつの間にか強く拳を握りしめていた。



 そしてそのままの姿勢で母の後ろ姿を見つめていた。

 

 

 

 ザーーーーーーーーーーー

 


「こっちにぃ、いらっしゃあい?」


 

 纏わりつくような話し声に、私の足はガクガクと震え始める。

 

 

 

 ザーーーーーーーーーーー

 


「こぉっちぃにぃ……いぃらっしゃあいぃ?」

 

 とうとう母の声はスローモーションのように低く間延びしたものとなった。

 

 

 

「違う……お母さんじゃない」

 

 思わずそうつぶやくと、母の顔がゆっくりとこちらを振り返った。

 

 

 

 ごとん……

 

 

 

 振り返った母の首はだらんと伸びて、垂れ下がった頭部が音を立てて床に転がった。

 



 床に落ちた頭部はこちらを見て邪悪にほくそ笑んでいる。

 

 

 

 

 

 ザァーーーーーーーーーー

 

 

 水の流れる音がした。

 

 

 音の方を見ると部屋の奥の個室からボサボサの頭に無精髭を生やした男が姿を現した。

 

 

 

 パン……

 

 男は一度だけ手を合わせた。すると乾いた音が部屋の中に木霊する。

 

 それと同時に先程までの禍々しい空気が薄れて身体の震えも止まっていた。

 

 

「だ、誰……?」

 

「俺は邪祓師の卜部だ。あんたの父親から依頼を受けてここに来た」

 

「お、お父さんが……?」

 


「これからは父親のところで暮らせ。死にたくなければ……な」


 そう言った男の目が、チラリと私の目を捉えた。


 その瞳には冷たい光りが宿っている。



「外に俺の助手がいる。そいつに父親の居場所を聞け」

 

 

 状況が理解できなかったが男の視線の先を見て私は一目散に外へ飛び出した。

 

 そこには蛇のように鎌首をもたげた母がこちらを睨んでいたからだ。

 

 

「やれやれ……業が深い」

 


 卜部はひとりごちて首の長い女に近づくと、その顔を鷲掴みにして口の中に手を差し込んだ。

 

 女はじたばたと長い首をのたうって抵抗していたがやがてじっと動かなくなった。

 

 卜部はずるずると女の口から赤黒い異物を引きずり出すとそれをズタ袋に放り込んで袋の口を縛った。

 

 

 袋をぶら下げて外に出ると助手の女が待っていた。

 


「帰るぞ!! 亀!!」

 

 卜部は女にそう言い放つ。

 

「亀じゃありません!! です!!」

 

 そう言ってかなめは卜部の後に小走りで付いて行った。

 

 

 

 

 

 

「それなんですか?」

 

 横に並んだかなめがズタ袋を指さして尋ねる。


 

「生霊の成れの果てだ」

 


 卜部は冷たい笑みを浮かべてズタ袋を掲げた。

 

 それはまるで生き物でも入っているかのように、時々のたうって見えるのだった。

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