ケース5
ケース5 旧友①
鬱蒼と茂るコンクリートジャングルの路地裏に、忘れ去られた遺跡ように佇む雑居ビル。
心霊解決センターはその五階にひっそりと存在している。
一階には名ばかりの小さな守衛室があるが、小窓を覗き込むと守衛の男はいつも居眠りをしていた。
仮に起きていたとしても、この雑居ビルに訪れる来客に男が身分を尋ねることはないだろう。
「おはようございます!!」
かなめはいつも通り大きな声で守衛室に向かって挨拶をするが、返事が返ってきた
男はその日もやはり朝刊を顔に被せたままピクリともしなかった。
コンコンと異様に足音が響く階段を駆け上り、かなめは事務所の扉の前に立った。
するとその日は珍しく、中から上機嫌な卜部の話し声が聞こえてきた。
珍しいな……先生が上機嫌で人と話すなんて……
かなめは少し考えた後、ドアノブにかけた手を離して聞き耳を立てることにした。
「まさかお前が尋ねて来るとはな……中村!! いつ以来だ??」
「かれこれ十三年くらいか……」
くぐもった男の声がそう答えるのが聞こえてきた。どうやら中村さんと言うらしい。
「いったいどうしてたんだ?? どうやってここを聞きつけた??」
「人の口に戸口は立てられんさ……」
卜部がクククと笑う声が聞こえた。
この雰囲気なら邪魔にはならないかと思ったが、かなめは何となく入るタイミングを逃してしまいそのまま聞き耳を立てていた。
「それで? どうしたんだ?? 世間話に来たわけでもないんだろ?」
少し間があってから、くぐもった声が答えた。
「実はな……結婚して子供がいるんだ。その報告にと思ってな……」
「マジな話か……??」
卜部の驚いた低い声がした。
「ああ。本当だ。お前はどうなんだ?? まだ独り身か??」
かなめはピクリとその言葉に反応する。
「ふん。何を馬鹿なことを……当たり前だろう」
「だが……」
かなめはドアに耳を押し当てて聴覚に全神経を集中する。
「一人女の助手を置いてる。鈍臭いがなかなか見込みのある奴でな。女っ気のある話はそれくらいだ」
卜部がそう言うと中村は少し間を置いてから答えた。
「そうか……その人とはどうこうならないのか?」
「当たり前だ。第一弱点が増える。俺みたいなやつは身軽な方がいい」
「そうか……」
かなめは複雑な気持ちでその話を聞いていた。先生と自分はあくまで仕事の関係。わかっていたことだし不満もない。どうこうなることはないのだ。
「なあ卜部。お前に頼みがあるんだ」
中村は突然切り出した。
「なんだ?」
「俺はこれから少しデカい仕事がある。その間、妻と娘のことをお前に頼みたい。少し気にかけてくれるだけでいいんだ。女子供の二人だけだから少し心配でな……」
「ほら見ろ。やっぱり弱点になるだろうが!!」
卜部の勝ち誇った声が聞こえてきた。
「やっぱりだめか……?」
中村は不安そうな声を出した。
「心配するな。他ならぬお前の頼みだ。それくらいなら別にどうってことない」
卜部は大きく息をついてから答えた。
「恩に着るよ……」
中村のその言葉でかなめは話が一段落した気配を察知して扉を開けた。
そして目に飛び込んできた光景に唖然とした。
「おい亀!! 遅刻だぞ!! 戸棚に上等の茶葉があっただろ? 茶を淹れてくれ。こいつは中村。俺の古い友人だ」
卜部は相変わらずの上機嫌でかなめに向かって喋った。
かなめは肩から下げたバッグの紐を強く握りしめて静かにつぶやいた。
「先生……一体誰と話してたんですか……??」
卜部の表情から先程までの笑みが一瞬で消えて、すぐさま男が座っていたであろう向かいのソファを見た。
そこに男の姿はなく、ソファにはただ、誰かが座っていたような凹みだけが取り残されていた。
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