ケース5 旧友②
卜部は力が抜けたようにソファに座り込んだ。
向かいのソファに残った跡を見つめたまま、卜部は前髪を掻き上げ後頭部で手を止める。
重たい沈黙に耐えかねてかなめが口を開こうとした時だった。
「奴と……中村と出会ったのは修行時代だった……」
卜部は誰に言うでもなくソファに残された虚空に向かって口を開いた。
「師匠に放り込まれた東南アジアのスラムで出会ったんだ」
卜部は昔を思い出してフンと鼻で笑った。
「環境のせいもあってすぐに意気投合したよ。俺も奴もお互い以外に頼れる相手がいなかったからな」
「二人で協力してなんとか食いつないで日々を過ごした」
卜部は懐かしむように穏やかな顔で言った。
「どうして中村さんはそんなところに一人でいたんですか……?」
かなめは恐る恐る尋ねてみた。
「奴の親父は麻薬のブローカーだった。そんな親父を奴は軽蔑していたらしい」
「それである日、親父の隙をついて家を飛び出しスラムに逃げ込んだそうだ。そんな矢先に俺は師匠からスラムに放り込まれた。不思議な
卜部の顔からふっと穏やかさが消えて鋭い目つきに変わった。
「奴はさっき、消える間際にデカい仕事があると言っていた……」
「簡単にくたばるような奴じゃない……何か裏があるはずだ。ましてやかみさんと子供を残して逝くような奴じゃない……」
自分で言った逝くという言葉に卜部は静かに動揺した。
心の何処かで生きている可能性を模索していた。
それなのに自分自身の口でその可能性を否定したことで、卜部の内にやり場のない憤りが渦巻いた。
卜部はローテーブルの上に置いた両手を祈るようにぎゅっと握りしめた。
かなめはその手からミシミシと音が立つのを感じた。
焦げ付くような沈黙の中、どちらからともなくふと机の端に目をやった。
そこには一枚の紙切れが残されていた。
「メモですね……」
かなめは沈黙に耐えかねて分かりきったことをつぶやいた。
卜部はそれをつまみ上げてじっと見つめる。
「何が書いてあったんですか……?」
かなめは小さな声で聞いてみた。
「住所だ……おそらくかみさんと子供の住所だ……」
またしても沈黙が訪れた。
「便所に行ってくる……」
卜部はそう言って観葉植物の裏に消えていった。
一度だけゴスン……という壁を打つ音が響き、その後は事務所を静寂が埋め尽くした。
どれくらい経っただろうか。
水の流れる音がした。
出てきた卜部は洗面所で手と顔を洗うとかなめの方を向いて言った。
その表情はただならぬ気配に満ちていた。
「行くぞ亀。住所の場所に向かう」
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