ケース5 旧友⑬
田中は件の映像の現場に立っていた。
懐中電灯で人影がぶら下がっていたひさしを照らしながら、なにか痕跡は残っていないかと目を細める。
ん……?
目を凝らすと微かに煤けたような跡があった。
なんとかよく見ようとつま先立ちになるが背の低い彼では大した効果は得られなかった。
「ちっ……あのデカブツなら少しはマシなのかね」
自分の身長と容姿を呪いながら、田中は脚立を取りに物置小屋に向かった。
かさかさと風に音を立てる森が厭に耳に憑いた。
それはやがて自分を嘲笑する女達の笑い声に変わった。
くすくす
くすくす
あの人よ……
あの人だわ……
黙れ……!!
田中は心の中で叫んだ。
くすくす
くすくす
頭が良くてもね……
あの顎じゃ……
うるさい!! バカ女ども!!
今の俺ならお前たちのことなどどうとでも出来る……
頭にこびり付いて離れない遠い過去の声は今なお田中を掴んで離さない。
思春期の苦い記憶はなかばトラウマのように深く根を張り、呼び起こされる機会を静かに狙っていた。
ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ
木立の擦れる音はいつしか悪意を剥き出しにした呪詛の詞に変わっていた。
鼠男……
チビの鼠男……
「うるさいって言ってるだろおぉおおお!!」
田中は森の深い闇に向かって吠えた。
あたりはしんと静まり返り、無音の世界が田中を包んだ。
血走った目で周囲の闇を観察したがそこに人影はなく、動物の気配さえもない。
ドクドクと脈打つ自身の心音と、はぁはぁと吐き出される息遣が静寂を侵していた。
それはひどく場違いで浮いた存在に思われた。周囲と馴染めずに浮いた自分の姿が闇の中にぼうっと浮かび上がって消えた。
目についた枯れ枝を蹴り払って悪態をつくと田中はドシドシと音を立てながら再び物置小屋に向かって歩き出した。
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男の叫び声が響いたかと思えば、今度は大きな足音がこちらに近付いてくる。
卜部とかなめは暗闇の中でぴたりと身体を寄せ合って息を殺していた。
卜部の緊張をよそにかなめは自分の心臓の心配をしていた。
「静まれ……静まれわたしの心臓……」
そう念じながら心臓を止めようとして、かなめは息を止めた。
そんなかなめに卜部は小声で言う。
「息を止めるな。細く小さく息をしろ」
お見通しだった……
かなめは暗闇に感謝した。赤くなる顔を見られずにすむ。
その時、乱暴に扉が開かれる音がした。
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