ケース3 旅館㉜

 

 卜部とかなめは人気ひとけのない館内を歩いていた。非常電源は電圧が不安定なのか時折、弱々しく点滅してかなめを不安にさせた。

 

  

 影はまるでヤモリのように音もなく壁を這い回り、後ろにぴったりとついてくる。

 


 気配を感じたかなめがさっと明かりを向けても、その瞬間にそこはのっぺりとした壁の姿に戻っていた。


 

 首をかしげたかなめが向き直ると、影は嘲笑うかのようにもとの怪異へと姿を変えて、再び背後にへばりついてチャンスを待つのだった。

 

 

 

 

「翡翠さん達を二人だけにして大丈夫なんですか?」

 

 

 かなめは心配そうな声で卜部に問いかける。

 

 

「先生がいなきゃ二人は身を守る手段がないんじゃ……?」

 

 

 

「あいつらは言わば依頼主だ。依頼主を攻撃する可能性は低いだろう。その隙に俺たちは呪物の封印を掛け直す」

 

 

 

「そこなんですけど、どうして依頼人は水鏡さん達に黙って行動にでたんでしょう? わたしなら助けてくれる人が来たらすぐにでも相談したいです」

 

 

 

 かなめは眉間に皺を寄せながら顎を触ってみた。

 

 

 

「なんだ。探偵の真似ごとか?」

 

 

 卜部は薄笑いを浮かべてから待てよ……と表情が強張った。

 

 

 

 卜部は立ち止まると、くしゃくしゃの頭を右手で掻き上げ後頭部で手を止めた。

 

 

「お前の言う通りだ。確かに妙だ……」

 

 

「でしょ!? 心細いはずなのに相談もないなんて……」

 

 

 

「いや。そこじゃない。何かが引っかかる……」

 

 

「え?」

 

 

「凄腕の霊媒師を呼んだ依頼人が怪異を解放してお家のしがらみから脱出を図る……」

 

 

「そこですか??」

 

 

 かなめが驚いた声を上げる。

 

 

 

「ああ。下手すれば怪異を封印されて計画はおじゃんになる。大体依頼の内容は怪異の封印だ。なぜ解放する?」

 

 

 

「解放しなくちゃいけなくなった……?」

 

 

 

「そうだ……お家問題が急展開を迎えたんだ……だから解放した」

 

 

 

 卜部は相変わらず頭を掻きむしっている。そしてどうも何かが腑に落ちなかった。

 

 

 

「まだ何か引っかかるな。嫌な予感がする……急ぐぞ」

 

 

 

 かなめは頷くと、卜部とともに別館へ続く渡り廊下へと向かった。

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 そのころ水鏡と翡翠はを頼りに依頼人を探していた。水鏡の右手には紐付きの水晶が握られており、それがクルクルと回転している。

 

 

「僕はこのフーチを使ったダウジングや占いには自信があるんだよ」

 

 

 館内図の上で回るフーチはボイラー室の上で一際強く回転していた。

 

 

「ボイラー室ですね……」

 

 翡翠が水鏡の顔を見てつぶやく。

 

 

 

「うーん……ボイラー室は嫌な感じだけど……まあフーチを信じよう!!」

 

 

 

 こうして水鏡と翡翠はボイラー室に向かった。

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 コンコン……

 

 

 またしても扉を叩く音に夏男はむくりと立ち上がった。

 

 

 ムカデはケースの中で肉に食らいついて動かなくなっていた。退屈した夏男にとって今回のノックはやぶさかではなかった。

 

 

 コンコン……

 

 

「はいはい……何なの?」

 

 無駄にもったいを付けて気取った空気で扉を開くと、そこには千代が立っていた。

 

 

 千代は露骨な上目遣いで夏男を見つめると、夏男の胸に片手を添えて囁いた。

 

 

「夏男さん……今から私の部屋に来ませんか……」

 

 

 夏男はこみ上げる笑いを押さえきれずに気味の悪い表情を浮かべながら「ああ……」と答えて口角を舐めた。

 

 

「こちらへ……」

 

 

 千代は夏男を連れだすと別館にある自室へと向かって歩き出した。

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