ケース2 プール⑫
お昼の混雑時を過ぎていたため、料理はすぐに運ばれてきた。
「こちら大人のお子様ランチになります」
そう言って差し出されたのは特大のプレートに乗ったオムライス、エビフライ、カニクリームコロッケ、ナポリタン、そしてサラダ。
エビフライは大きく立派で、頭まで付いている。なるほど大人というだけあってチープでない。それが皿の中心に大きく横たわっている。
サラダに半分乗っかる形で置かれたカニクリームコロッケはふっくらとしていて、パン粉は極微細なものが使われている。冷凍品ではなく中のベシャメルソースから作られた、コックのこだわりが感じられる一品だ。
ナポリタンにも手抜きが無かった。具材には小さく切られた人参と玉葱、そして薄切りのソーセージが入っている。
サラダのメインはキャベツの千切り。しかし紫キャベツと真っ赤なパプリカがアクセントに加えられていて彩りが楽しい。
そして主役とも言うべきオムライスは半熟のふわとろたまごに、どろりと輝くようなデミグラスソースがかかっている。そしておまけに可愛らしい国旗が刺さっていた。
ごくりと唾を飲み込んで、かなめがオムライスをスプーンで割ると、中からはオレンジ色のチキンライスが顔を出した。チキンの旨味と脂を吸ってピカピカ光るチキンライスをふわとろたまご、デミグラスソースに絡めて口に運ぶ。するとかなめは思わず声にならない悲鳴を上げるのだった。
「こちらはデミグラスビーフカツレツになります」
卜部のビーフカツレツも技有りの一品だった。
一枚の大きなプレートにカツレツ、マッシュポテト、サラダ、ライスが美しく盛り付けられている。カツレツの上にはクレソンが添えられている。
分厚い赤身肉を肉たたきで薄く伸ばして香草とパン粉を付けてカリッと揚げられたカツレツは、ナイフを入れるとサクっと小気味よい音を立てる。
中には絶妙の火加減で揚げられたピンク色のビーフ。赤ワインベースの重たすぎないデミグラスソースはフォンドヴォから作られている深い味わいで最高のハーモニィーを奏でていた。
デミグラスソースにマッシュポテトを絡めるのを見て、かなめは思わずそれに目が釘付けになった。卜部はそれに気が付くと余ったスプーンにマッシュポテトとデミグラスソースをすくってかなめに手渡した。
付け合せのライスはなんときのこガーリックライスになっていた。しっかり焼色がついたエリンギ、カリッとした食感にまで炒められたしめじ、香ばしいガーリックとバターの風味がきのこと相まって、思わず卜部も顔がほころんでくる。
食後のクリームソーダを幸せそうに頬張るかなめを見ながら卜部はコーヒーを飲む。
「お前、そんなに食って太らないのか?」
「怖い目にいっぱいあうからエネルギーの消費が激しいんです! 先生みたいに怪異に冷めてないですから!」そう言い、かなめは幸せそうにクリームソーダを口に運ぶ。
「ふん! お前のほうがよっぽどお気楽そうに見えるがな」卜部は悪態を吐いて窓の外を見た。そこからちょうど総合病院が目に入る。
「おいマスター。ここはあの病院の連中もよく来るのか?」卜部は皿を洗う店主とおぼしき男性に声をかけた。
「ええ。特に昼時には」
「そうか。ところで怖い話の噂は知らないか? たとえば産婦人科あたりの」卜部がそう言うと店の中に一瞬緊張が走った。
「お客さん……知ってるの?」
「いや。ただそういう奴を相手取るのを生業にしてる」
「そうですか……怖い話の噂は知りません。ただお客さんが思ってることは多分間違ってないんじゃないかと思いますよ」男はそう言って奥に入ってしまった。
「どういうことですか?」かなめが小声で尋ねた。
「さあな。そろそろ行くぞ」
そう言って卜部は勘定を済ませ、来たときと同じカウベルの音を立てて店の外に出ていった。
しかしその音色は、店に入った時の楽しげ音ではなく、どこか寂しげにな音に聞こえた気がした。
かなめは店員に笑顔で礼を告げると、すぐに卜部の後を追って駆けていった。
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