ケース5 旧友㉒
「死者とお前の距離が、そのままお前の命の長さだ。さあどうする?」
死者達は藤三郎から一定の距離を保って突っ立ている。
藤三郎の顔は恐怖で歪んでいた。それと裏腹にカッと見開かれたギラついた目は、かなめに骸を連想させた。
ぶつぶつと判別不能な言葉を唱えながら、目だけをぎょろぎょろと動かして藤三郎は死者たちの顔を見回した。
「ふざけるな……価値のないゴミどもを殺しただけで……なぜ儂がこんな目に合わねばならんのだ……!!」
「あなたは何様のつもりですか……!? 価値のない命なんてありません……!! 全ての命にはそれぞれの価値があるんです……!!」
かなめは震えながら藤三郎を見据えて声を絞り出した。その震えが恐怖からなのか、怒りからなのかはわからない。
しかし身勝手な理屈を平然とのたまう藤三郎にかなめは言わずにはおれなかった。
「同感だな。お前のような人間の屑にも価値はある。俺と契約して罪を償え。それがお前に残された唯一の価値だ……!!」
なぜ儂がこんな目に……
藤三郎は歯噛みした。その間も思考はぐるぐると巡る。
思えば全てあの馬鹿息子のせいだ……
あいつが儂の情報を漏らさなければ……
「この契約書に血判を押せ。破ればお前を彼らに引き渡す」
あいつのせいでこうなった。
そうだ奴さえいなければ……
糞忌々しいヘボ霊媒師が始めから除霊できていれば……
こんなことにはならなかった。
「契約内容はこうだ……」
この男は本物だ……偽物じゃない……
この男に逆らえば恐ろしい目に遭う。
「まずは中村の要求をのむこと」
なぜ儂がこんな屈辱を……
しかし奴に逆らうと恐ろしい目に遭う。
「お前を殺すことが無いように俺が中村を説得する」
糞が!! 糞……糞……糞……くそぉ……
あの時の選択を間違えた。
「中村への償いが済んだら警察に自首して洗いざらい吐いてもらう」
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……
なぜ儂が蹂躙される側にならねばならんのだ……!!
しかし奴には逆らえない。
あのインチキ霊媒師のせいだ。
憎い……あの霊媒師が憎い……
藤三郎は肩をわなわなと震わせながら霊媒師に渡された九龍香炉を憎しみを込めて睨みつけた。
「まずは……」
九龍香炉を叩き割ってもらう。
「指を切ってお前の血を……待て!! やめろ!!」
卜部が叫んだ時には遅かった。
藤三郎はサイドテーブルに置かれた九龍香炉を両手で掲げると、それを思い切り地面に叩きつけた。
香炉が砕けて破片が辺りに飛び散ると同時に、邪悪な笑い声が部屋中に響き渡った。
カタカタと机が音を立て、壁に掛けられた鹿や狼の首は生気を取り戻したように叫び声を上げた。
地鳴りが響き部屋全体が揺れる中で、卜部は藤三郎に掴みかかった。
「なぜ勝手なことをした!?」
「勝手だと……!? 貴様が香炉を叩き割れと言ったから割ったまでだ……!!」
「亀……!! 俺の側に来い……!!」
かなめは急いで卜部に駆け寄った。
「藤三郎……お前も俺の後ろから絶対に出てくるなよ……」
「なぜ儂が貴様の命令に……!!」
「お前が割った香炉は中村をこの部屋に入れないように守っていた強力な守護だ!! それをお前が叩き割った……」
藤三郎はそれを聞くと無惨な姿に変わり果てた香炉に目をやった。
インチキ霊媒師では無かった……?
「じゃあ、儂の周りで起きていたのは……」
藤三郎は弱々しくつぶやいた。
「お前の気力が弱まり、猜疑心が呼び寄せた疑心暗鬼どもだ。霊媒師はお前の依頼どおり、中村をきっちり防いでいた」
「馬鹿な……儂は……」
「お喋りはお終いだ。疑心暗鬼の比じゃない禍々しいモノが来るぞ……」
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