ケース3 旅館①
薄汚れた雑居ビルの前に白のハイラックスが止まった。車の持ち主は助手席に女を残して雑居ビルに入っていった。
男は真っ白なスーツにヌラヌラと光沢を放つ紫のシャツを着て、白い鰐皮の靴を履いていた。
あくまで本人はさり気なく覗いているつもりのようだ。
男は五階まで登ると「心霊解決センター」と書かれた扉の前で軽く咳払いをしてドアノブに手をかけた。
「失礼します! 腹痛先生!」
男が扉を開けて中に入った瞬間に事件は起こった。
「ぐへぇ……」
まるで潰されたカエルのような声が部屋に響く。
「せ、先生!! 何やってるんですか!!」
かなめは慌てて卜部のもとに駆け寄った。
卜部はスーツの男の喉元に右手を食い込ませて壁に磔にしたまま、器用に足で扉を閉じた。
「黙ってろ。亀」
卜部はちらりとかなめを見てそう言った。
かなめが改めて男を見るとそれはテレビに出ていた霊能者の水鏡竜司、その人だった。
「ゲホゲホ……腹痛センセ……くるし………」
「何が腹痛先生だ。お前、反町ミサキにうちを紹介したな?」
「ゲホゲホ……だって。あんなヤバいのウチでは対処できない……イタタタ」
卜部は首を締めていない方の手で水鏡の頬をつねりながら睨みつける。
「先生……理由はどうあれ、とりあえず放してあげたら……どうでしょうか……?」
凄惨な現場にいたたまれなくなったかなめが、顔を歪めながら進言した。
水鏡はかなめの方を見てウインクしながコクコクと頷いた。
それに気づいた卜部はさらにつねる手に力を込める。
「アタタタタタタ……痛い!! 先生!! ちぎれちゃう!! マジのやつです!!」
卜部はため息を付いて男を解放した。水鏡は首と頬をさすりながら、またしてもかなめにウインクした。かなめはそれを見て助け舟を出すべきではなかったのではないかと思い始めていた。
「鈴木、一体何のようだ?」
「やだなぁ先生……僕、水鏡ですよ!!」
卜部が鋭い目で睨みつけると男は鈴木ですと敬礼した。
「一体何のようだ?」
「用って言っちゃあアレなんですが、先日の反町ミサキちゃんの件でお詫びにと思いまして……」
「詫びだと? どの口が……」
卜部の言葉を遮って水鏡は叫んだ。
「わああああ!! それは本当にごめんなさい!! 僕じゃ絶対ムリだったんで先生を紹介しちゃいました!!」
「だって僕はただのメンタリストですよ!? ちょーっと霊が見える程度の!! それがあんなヤバいの相手にしたら死んじゃいますよぉおお!!」
水鏡は卜部の足に縋りついておんおんと泣くそぶりをしてみせた。
それを見ていたかなめは愕然とした。かなめの角度からは嘘泣きが丸見えだったからだ。
軽蔑と驚きの表情を浮かべるかなめと目が合うなり、卜部の足に縋りついたままの水鏡はぺろりと舌を出すのだった。
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