ケース3 旅館②
「ええい! 気色悪い! 離れろ!!」
卜部はそう言って足に纏わりつく水鏡を振り払った。
「お願いします!! お詫びさせてください!!」
水鏡は深々と頭を下げて大声で言った。もうテレビでの印象は見る影もなかった。
「ふざけるな! なんだその意味のわからんお願いは!!」
「お願いします!! 一緒に温泉旅館に慰安旅行を…!!」
「温泉旅館!!」
それを聞いてかなめが目を輝かせた。
「先生!! 良いじゃないですか!! 慰安旅行!!」
かなめは卜部の手を両手で掴んで振り回した。
「おい! 亀! 馬鹿言うな!! お前はどっちの味方だ!!」
「かなめです!! だって夏休みも秋の連休もどこにも行ってないんですよ!?」
かなめが叫ぶのを聞いて、水鏡はしめたとばかりにかなめに耳打ちする。
「しかも紅葉が綺麗な隠れ家的老舗旅館ですよ…」
「先生!! 紅葉です!! 隠れ家的老舗旅館です!!」
「うるさい! 俺にも聞こえてる!! わざわざ繰り返すな!!」
情勢が傾いたことを察知して水鏡が畳み掛ける。
「美人の湯で有名な秘湯! しかも地元の幸をふんだんに使った豪勢なお食事に舌鼓!!」
「先生!!」
もうかなめの目には温泉旅館とお食事しか見えていない。卜部はかなめの輝く目を見て大きくため息を付いた。
「ちょっと待ってろ……」
そう言って机に何かを取りに行った。戻ってくるとその手には古びた古銭が六枚握られていた。
「何ですかそれ?」
かなめは卜部の手を覗き込んだ。
「これは清王朝時代の古銭だ。今から金銭掛で吉凶を見る。凶なら諦めるんだぞ?」
かなめは黙って頷いた。いつになく真剣な表情で。
卜部は一枚の風呂敷を広げるとそこに正座して古銭をばら撒いた。
裏、裏、裏、表、裏、表
「
卜部が苦々しい顔で呟く。
「どうなんですか……?」
かなめが恐る恐る尋ねる。
「お前もやれ……」
「え?」
「お前もやってみろ。心で旅に出るべきかどうか尋ねながら古銭を振れ」
かなめは言われた通りに風呂敷に正座して目を閉じた。
「神様、旅に出るべきでしょうか……?」
そう念じて古銭を放った。
裏、裏、表、裏、表、裏
「
卜部は右手で髪をかき上げて後頭部を掻きむしった。それは卜部が考え事をする時の癖だった。
「先生……?」
「先生……?」
かなめと水鏡が卜部の顔を恐る恐る覗き込んだ。
「旅行に行く……さっさと準備しろ!!」
卜部は忌々しそうにそう言い放った。かなめはそれを聞いて手を叩いて飛び跳ねた。
水鏡はその影でフゥと胸を撫で下ろしていた。
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