ケース3 旅館㉒
一行がずぶ濡れで旅館にたどり着くと険しい表情の男とすれ違った。男は目も合わさずに乗ってきていたライトバンに乗り込むとどこかに行ってしまった。
かなめは何となく気になって走り去るライトバンを目で追った。
「おい。さっさと入るぞ」
「あっ……はい」
ふと見上げた旅館からは何やら陰鬱な気配が漂っている。明らかに今朝までとは異質な気配にかなめは身震いした。
「先生……これって大丈夫なんでしょうか……?」
「さあな……とにかく入るぞ」
四人はとりあえず冷え切った身体を温泉で温めることにした。
温泉に向かう途中、女将が水鏡を呼び止めた。
「水鏡様!! お車の保険会社の方からお電話が入っております」
「腹痛先生、先に行っててください」
水鏡はそう言って受付にある黒電話に走っていった。
「はい。はい。えぇ? そんなに? 困りますよ……」
水鏡の話し声に不穏な気配を感じながらも卜部達は温泉へ進んでいった。
「あ! 男女が逆になってますね!」
かなめが入れ替わった暖簾を指さして言った。
「ほう。ゆうべの女湯はどんなだったんだ?」
「中は檜風呂と薬草湯でしたよ。外は岩風呂です。男湯はどうでしたか?」
「普通のタイル、あとは電気風呂と打瀬湯、それと露天風呂だ。じゃあな」
そう言って卜部は暖簾をくぐった。
「わたしたちも行きましょう!」
かなめと翡翠も暖簾をくぐり温泉へと向かい、しばらくすると寒さに震えた水鏡も卜部の後を追って暖簾をくぐった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
長年この旅館で働く中居の一人である幸恵は半狂乱で女将に向かって叫んでいた。
「先代が……先代の……幸男さんが……し、し、しぃいいいい……」
「落ち着いて幸恵さん。幸男さんがどうしたの?」
千鶴が背中を擦りながら尋ねる。
「幸男さんが死んでます!!」
その場に居合わせた二人の従業員と女将の表情がこわばる。
「幸ちゃん。確かなのかい?」
板前の三谷がそう言うと、幸恵は激しく首を縦に振った。
「す……すごい臭いがして……ど、どどどうしたんだろうって、おぉ思ったら……」
そう言って地面にへたり込むと、幸恵は泣きながら別館の二階へと続く階段を指さした。
もう一人の中居の妙子を幸恵のそばに残して、女将の千鶴と板前の三谷は幸男が眠るはずの204号室へと向かった。
階段の手摺に手をかけると、湿気てねちゃっとした気持ちの悪い感触がする。
女将は顔をしかめつつ二階へと急いだ。三谷も同じことを思ったようだった。
二階に着くとすでに廊下には腐乱した獣のような悪臭が充満していた。
「うっ……」
思わず三谷は鼻をつまむ。
「行きましょう……」
女将は先頭に立って204号室のドアノブに手をかけた。
金属製のノブを回し扉に隙間が開いた瞬間。
その隙間から大量の蝿が羽音を立てて飛び出してきた。
「きゃあああああ!!」
思わず女将は腕をデタラメに振り回して蝿を追い払う。
三谷は顔を腕で隠しながら、女将の横を通り過ぎると扉を開けて中に入った。
強くなる悪臭に顔を歪めながら、三谷は勢いにまかせて幸男の眠る部屋に続く襖もバンっと開いた。
「うわぁあああああああああ」
三谷は叫び声をあげ、尻もちを付いて後ずさる。
「三谷さん!!」
女将は慌ててかけよると、三谷の肩を押さえた。
「あ、あれ……あれ……!!」
尻もちをついたままの三谷が襖の奥を指差す。
女将は三谷が指差す襖の奥に、ゆっくりと目をやった。
そこには蛆やムカデなど無数の蟲にまみれた幸男がいた。
死んでいるはずの幸男は首だけを起き上がらせてこちらを睨みつけると大きく口を開いて何かを伝えようとした。
コポ……コポっ……ごっぱあああああぁあ。
幸男は大きな血の塊と無数の蟲を吐き出すと、ぐしゃと音を立てて蟲の海に頭を沈めた。
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