ケース2 プール⑨
深く暗い水底に吸い込まれないように必死で藻掻いていると突然脇腹を誰かに抱えられた。
「大丈夫ですよ! 落ち着いて!」
そこには反町ミサキの姿があった。少し遅れて卜部が到着する。
「かめ! 大丈夫か?」
「かめじゃないです。かなめです」ケホケホとむせながらかなめが返す。
「どうやら大丈夫そうだな」卜部が密かに安堵の表情を浮かべるのをかなめは見逃さない。
「先生。このプール変です。底が無くなって真っ暗になって……」
「話は後だ。人目もある。とにかく陸に上がるぞ」
卜部がそう言って陸に上がろうとした時だった。インストラクターの若い男がやって来た。
「大丈夫ですか!?」男はがっしりした体躯に似合わないベビーフェイスで白い歯を見せてかなめに微笑みかけた。
「僕が抱えて陸に連れて行くよ」男は反町ミサキにそう言って笑いかける。
「あっ! 大丈夫です! 少し足がつっただけなので!」かなめはそう言うと、さりげなく卜部の影に身を隠した。なぜだかわからないが、この男からとても嫌な感じがした。その感覚は以前、山下邦夫の廃ビルで感じたあの感覚と近かった。
それは邪悪の気配だった。態度や言葉とは裏腹に、自己愛と悪意に満ちている邪悪な気配。善良な振る舞いに隠れて、邪悪はこれ見よがしに踊っているのだ。
「先生……彼が今回の怪異の元凶ですよね……?」陸に上がってすぐにかなめは小声で卜部に尋ねた。卜部は少し間を置いてから「そうだ」とだけ短く答えた。
男の名は榛原大吾。イケメンインストラクターとして女性客から人気を博しているが、謙虚で頼りなさげな公の態度とは裏腹に、心を許した相手には横柄で支配的な顔を見せるずる賢い男だった。
「お前、プールで何を見た?」赤と黄色のベンチに座るかなめにタオルを手渡しながら、今度は卜部が尋ねた。
「プールの底が無くなって深い海みたいになりました。真っ暗闇がずっと続いていました。それと……大量の海坊主がゆらゆら浮かんでいました……」
卜部は髪を搔き上げて後頭部あたりでそれを握りしめる。一点を見つめ何かを思慮すると一言つぶやいた。
「飯行くぞ」
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