ケース4 高橋家の押入れ⑮
「せんせぇ……きぼじわるいれすぅ……」
「この酔っぱらいが!! 自分の足で歩け!!」
「むいですぅ……世界がずーっろ回っれるんれす……」
卜部は酔い潰れたかなめを首にぶら下げてなんとか駅に向かって歩いていた。
卜部は首にしがみついて千鳥足で歩くかなめを睨みながら、焼酎に手を出した時点で止めなかった自分を恨んだ。
「ええい……乗れ亀!! 終電がなくなる!!」
そう言ってすぐに卜部はかなめをおぶって歩き出した。
何もない住宅街の夜道はしん……と静まり返っていた。
無言で横を通り過ぎていくコンクリートの塀、等間隔の外灯。
澄んだ冬の空気の匂い。そして卜部の匂い。
かなめの酔は一瞬で覚めてアルコールとは違う動悸が恥ずかしいくらいドクンドクンと脈打っている。
卜部は相変わらず何も話さずに駅への道をひた進んでいる。
「せ、先生……もお大丈夫です……歩けそうです……」
かなめはボソボソとつぶやいた。耳が熱い!! 心臓が保ちそうにない!!
「そのままそこにいろ」
卜部は短く言ってのけた。
「!!」
落とされる覚悟で言ったかなめは思わぬ返答に面食らった。さらに鼓動が早くなるのを感じる。
「せ……せんせい?」
思わず裏返った声でかなめがそう言うと……
「声を出すな。振り向くな。おばりよんがいる……」
そう言った卜部の声にはうっすらと緊張の色があった。
かなめの酔と高揚は一気に冷めて、代わりに背中を冷たい汗が伝った。
いやーな気配が辺りに垂れ込めてくる。
卜部の足音とは別に、草履が擦れるような足音が背後から聞こえた。
はぁ……はぁ……
ついにはすぐ後ろで荒い息遣いが聞こえてきた。
「せ、先生……すぐ後ろに……」
「黙ってろ。問題ない」
キィコォ……
キィコォ……
軋んだ自転車のチェーンの音が背後から迫ってきた。
そのライトに照らされて背後にいる怪異の影が地に落ちた。
地に落ちた影を見てかなめは小さく悲鳴を上げた。
それはボロキレを纏った女の影だった。
キィコォ……
キィコォ……
自転車の男性が通り過ぎると先程まであった気配は消えてあたりに静けさが戻った。
「降りろ」
そう言うと卜部は突然かなめを支える手を離した。
「痛たあい!!」
かなめを地面に落とされて尻もちをついた。
お尻をさすりながらかなめは卜部に尋ねる。
「さっきのは一体??」
「おばりよん。妖怪だ。夜道で後ろからおぶさってきて相手を憑き殺す」
「なんでそんな妖怪が一日に何度も!? 偶然ですか!?」
「忌土地の邪気のせいだ。穢をもらった」
「穢は祓えないんですか……?」
かなめは緊張した面持ちでたずねた。
「安心しろ。そのうち勝手に消える」
かなめはほっと胸を撫で下ろしたが、すぐに新たな疑問が湧き上がってきた。
「そういえば先生さっき、妖怪は厄介とかなんとか言ってませんでしっけ……??」
かなめは顔をしかめて卜部を見た。
卜部はそんなかなめを見るとニヤリと笑って答えた。
「ああ。奴らは概念の存在だからな。追い払えても祓うことは出来ない。絶対に……!!」
「それって……」
「そうだ。押入れ穏婆も、おばりよんも何度でも現れる可能性がある……!!」
卜部は妖しい笑みを浮かべると前方に見える駅の明かりに向き直った。
「急げ!! 亀!! もうすぐ終電がくる!!」
卜部はそう言って駅の明かりに向かって小走りで駆けていった。
「ま、待ってください!! か、亀じゃなくてかなめです!!」
かなめはふらつく足で慌てて卜部を追いかけた。
酔も胸の高鳴りもすっかり冷めて、今度は先程の恐怖で笑う膝を必死に抑えながら。
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