ケース2 プール⑤

 水着や水泳帽の入ったスポーツ店の袋を抱えて、かなめは卜部との会話を思い出していた。

 

「まずはプールの会員になって情報を集める」

 

「あっ! 人見知りの先生の代わりに、怪異のことを聞いてまわればいいんですね?」かなめは意気揚々と答えた。

 

「人見知りは余計だ。俺たちが邪祓師だとな? お前はそれとなく情報を集めろ」卜部は鋭い視線で念を押した。

 

「どうしてですか? みんな困ってるんだから、邪祓師だって言ったほうが情報を教えてくれると思いますけど?」

 

「大抵の人間はな。だが真実を知っている者がそうとは限らない……」卜部の横顔に影が差したような気がした。

 

「どういう意味ですか……?」 

 

「さあな。今に解る」

 

 そう言うと卜部はかなめを指さして付け加えた。

 

「それともう一つ……」

 

 卜部の指示にかなめは大声で抗議する。

 

「ええ!? 無理ですよ! 絶対無理です!」

 

「それをなんとかするのが助手の仕事だ」

  

 かなめはそこまで思い出すと大きくため息をついた。卜部が無茶を言うのは毎度の事だとは分かっていたが、今回は輪をかけて無茶な要求だった。だいたい、それと今回の怪異に何の関係があるのだろうか?

 

 家に帰ると姿見の前でもう一度、水着姿の全身をくまなく点検した。胸を両手で押さえて、かなめは再び大きなため息をつくのだった。

 

 翌日の昼過ぎに、二人は事務所から件のプールへと向かった。少し郊外の駅付近にあり、専用のバスも出ているためアクセスは良好だった。にも関わらず、建物の前に立った時そこからは何とも言えない陰気な気配が漂っていた。

 

 コンクリート造りの壁は、排気ガスで煤けて薄汚れている。秋雨前線の影響でここのところ降り続いている雨が、いっそう冷ややかに感じられた。分厚い雲に太陽が覆われて、昼にも関わらず薄暗いためか、看板の照明にも明かりが点っていた。その明かりも、右から二番目がチカチカと頼りなく明滅している。

 

「嫌な感じですね……」かなめは卜部に耳打ちした。

 

「ああ。気を引き締めろ。浮ついてると障りをもらうぞ。今回のやつは重い……」卜部の頬に水滴が流れた。それが雨の雫なのか、あるいは冷や汗なのかは分からない。

  

 建物の中はプール特有の塩素の臭いが充満していた。少し懐かしいような臭いに無意識に心が反応する。受付で予め書いておいた会員登録の書類を手渡して、簡単な説明を聞いているとプールの方から反響する声が聞こえてくる。

 

「ブクブクーパッ! ブクブクーパッ! そうだよー! 上手! 上手!」どうやらインストラクターが子どもに泳ぎを教えているようだ。

 

 プール特有の雰囲気を味わいつつ、かなめは卜部と別れて更衣室へと向かった。

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