ケース2 プール⑥
更衣室に入ると中には何人か人がいて、着替えたり雑談したりしていた。その中のひとりがこちらに気付いてニコニコしながら近づいてきた。
「もしかして新人さん? あなたもコーチ狙いかしら?」ド派手な花がらの水着を着た、小太りの中年女性は肘でかなめの脇腹を小突きながら言う。
「はい! 万亀山かなめです。今日が初日なので色々教えてください」かなめは持ち前の人懐こい笑顔で答えた。小太りの中年女性は「まあ!なんて良い娘っ!」とかなめの手を握った。
「ところでコーチ狙いってなんですか?」かなめは手を握られたまま首をかしげて尋ねた。
「あら? 知らないの? 名物のイケメンコーチがいるのよ! あなた可愛らしいから手強いライバル出現ね!」そう言うと小太りの中年女性はウインクして更衣室を出ていった。
出口の扉に手をかけたとき思い出したように彼女は振り返って大声で叫んだ。
「わたしは堀内よ! ホーリーって呼んでね!」
ホーリー……心の中でつぶやきながら、かなめはホーリーを送り出した。彼女に続くように更衣室にいた人が次々と出て行ってしまい、気が付くと部屋にはかなめ一人だけになっていた。
突然訪れた背中を刺すような沈黙。遠くで反響するプールの声も、まるで水中に沈んだかのように聞こえなくなった。
かなめは黒のジャケットを脱ぐと、着ていたブラウスのボタンを外した。ブラウスの下から、前もって着ておいた水着が顔を出す。
「別に水着を見せるために来たわけじゃないから。あくまで先生と仕事で来ただけだから」そう心の中で自分に向けた奇妙な言い訳をしている時のことだった。
かなめは背後に嫌な気配を感じてぶるりと震えた。冷や汗が滲み首筋が緊張する。
そして反町ミサキの話が脳裏に思い浮かぶ。
「見た見た黒い人影でしょ?」
「奥のロッカー近くに出るらしいよ」
かなめの背後にはその奥のロッカーなるものが静かに立ちすくんでいた。しかしかなめは恐ろしくて、すぐにそれを確認することができない。それでもかなめがゆっくりと振り返るのは、心霊解決センターのたった二人しかいない職員だからなのか、あるいは別の秘められた衝動から来るのものなのか、それはかなめ自身にも分からない。
かなめは両手をきつく握りしめてゆっくりと振り返る。視界の端が背後のロッカーを捕らえ始めると、そこには黒い人影が立っている気がした。かなめは恐ろしくなって、最後は思い切って、体ごと一気に振り返った。
「誰!? そこにいるの!?」
かなめは奥のロッカーに向かってきつい口調で叫んだ。しかしそこには半開きのロッカーが静かに立ちつくすだけだった。
かなめは肩の力を抜いてふぅとため息をついたその時だった。
バタン!!!!
「きゃああ!!」かなめは思わず悲鳴をあげた。
突然半開きのロッカーが攻撃的な音を立てて独りでに閉じたのだ。かなめはあまりの衝撃に尻もちをついてロッカーを呆然と見つめるのだった。
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