ケース2 プール④

 かなめは一人、険しい表情で鏡を睨んでいた。スポーツ量販店の水着コーナーに置かれた鏡の前に立ち、水着を着せられたハンガーを身体に合わせては、また別の水着を探しに行く。あまりにも地味なものを選べば、色気がないと卜部に馬鹿にされるのは目に見えていた。しかし派手過ぎれば、それはそれで何を言われるか分かったものではない。だいたいビキニなんて着る勇気もないし……

 

 店には聞いているこちらが恥ずかしくなるような、アイドルの歌が流れていた。彼が喜ぶのはキュートかセクシーか……

 

 かなめはその曲をできるだけ聞かないようにしながら、再びラックにかけられた水着を物色する。かれこれ一時間は悩んでいた。

 

「あの……万亀山さん?」

 

 突然後ろから声をかけられかなめは、思わずビクっと身体を震わせた。まるで見られてはいけない姿を見られた子どものように。

 

「そ、反町さん!?」

 

 振り向くと依頼人の反町ミサキが立っていた。ミサキはクスっと笑うと選ぶの手伝いましょうか? と水着を指さした。

 

 反町ミサキは水泳インストラクターらしく、水着の性能や向き不向きを説明しながら、かなめの水着を選んでいった。かなめは、なるほどと相槌を打ちながら水着を身体に合わせてみる。そんな様子を見て反町は水着を試着することを勧めた。

 

「似合うかどうかは、着てみないと正直わかりませんよ。合わせた感じと着た感じが随分違うことってよくあるんです」

 

 更衣室で水着に着替えることに正直抵抗があったが、かなめはその意見に従うことにした。卜部に馬鹿にされたくなかったし、少しくらいドキリとさせてやりたい。

 

 どっちがタイプ? とアイドルが歌う声が聞こえてきて、かなめは無心を装って更衣室に入っていった。

 

「あっ! それすごく可愛いですよ! 似合ってます!」

 

 簡易の軽いドアを開けて恥ずかしそうに出てきたかなめに向かって反町は小さく拍手しながら言った。

 

「あと、これとこれも着てみましょう!」

 

「えっ……いや……もうこれで……」

 

「駄目ですよ! ちゃんと一番可愛いのを選ばないと! あの怖い霊媒師の先生を見返してやらなきゃ!」

 

 反町ミサキはかなめに目配せをした。

 

「いや! そんなんじゃないですよ! 違います! 私と先生はただの助手と先生で! それで……」

 

 しどろもどろに答えるかなめをお構いなしに反町は水着を手渡してかなめを試着室に押し込んだ。

 

 あんなに恐ろしい怪異に取り憑かれているというのに、気さくで明るい強い人だな……かなめはぼんやりそんなことを考えながら次の水着に着替えるのだった。

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