ケース3 旅館㊲
ボイラー室には電力が枯渇して眠る巨大なボイラーがあるだけで他には何も無かった。
静まり返ったボイラー室で翡翠は静かに冷酷な声を出した。
「この豚やってくれましたね……」
「ごめんなさい!! だって僕がいてもどうせ足手まといだし……痛たたたたた!!」
翡翠にヒールで踏まれた水鏡の情けない悲鳴が薄暗いボイラー室に反響する。
「弾除けくらいにはなるでしょう……?」
翡翠は水鏡のたるんだお腹をつねって目を細める。
翡翠につねられながら水鏡はきつく目を閉じて形容し難い表情を浮かべていた。
「水鏡先生? 今度こそちゃんと占ってください……次も安全な場所を占ったら……先生の痴態を晒した映像をばら撒きますよ……?」
「ぎゃー!! それだけは勘弁してください……!!」
「だったら早く若女将の居場所を占いなさい!!」
水鏡は恨めしそうに翡翠を横目に見ながら、館内図にフーチを垂らした。
水晶は館内図の何処にも反応しなかった。
それを見た翡翠の目は薄い弧を描き水鏡を睨みつける。
「いやいやいやいや!! 違うんだって!! おかしいな……館内にはいないのかも!」
「じゃあ別館ですね……卜部先生たちと合流しましょう。かなめちゃん大丈夫かしら」
「僕らが行っても何もできないよ? それよりここで……痛たたたた!!」
翡翠に耳をつまんで引きずられながら、結局水鏡も別館へと向かうはめになった。
二人が受付に差し掛かった時、旅館のエントランスから駆け込んできた二人の人影とちょうど鉢合わせになった。
「うわあぁあ!!」
「うわあぁあ!!」
出会い頭の水鏡と坂東は驚いて大声で叫んだ。
坂東はそれが水鏡だと分かるやいなや、再び大声で叫んだ。
「ああ!! 水鏡先生!! よかった無事だったんですね!!」
「へ……?」
「私です!! 千代です!! 水鏡先生に依頼した千代です!!」
「は……?」
支離滅裂な坂東の言葉を聞きながらだんだん水鏡は分かってきた。
「つまり、坂東さんが千代さんのフリをして私に依頼したと……」
「そうです」
「千代さん御本人はこのことを知らないと……」
「そうです」
水鏡は頭をポリポリと掻いた後に坂東に向かって口を開いた。
「あなたは自分のしたことがどういうことか解ってるのか!?」
「千代さんが追い詰められてるのを側で見ておきながら、本人には何の相談もなしに部外者を呼んで、この状況になっても教えてない!!」
顔を真赤にして叫ぶ水鏡に翡翠も驚きの表情を浮かべた。
「今頃千代さんは我々を女将の差金だと思い込んでるでしょう……」
水鏡は静かに坂東に告げる。
「そんなことは……」
「当たり前ですよ……その証拠に我々も全員標的にするような怪異を解き放ってしまっている……」
坂東の顔は見る見るうちに青ざめていった。
「せめてあなたが千代さんに我々のことを教えていれば、状況は違ったかもしれない」
「本人に一言も話をせずに事を進めたあなたの心の奥にある何かが、この結果を招いたんです……」
「水鏡先生。卜部先生達はこの事を知りません。急いで知らせないと危険です」
翡翠は水鏡に耳打ちした。水鏡はそれに黙って頷くと渡り廊下へと駆けていった。
坂東は俯いて黙ってしまった。
思い返せば表立って味方をするのが怖くて千代ちゃんと面と向かって話しをすることはほとんど無くなっていた。
彼女を見放した後ろめたさを隠すために今回の計画を立てたことも事実だ。
そしていつしか彼女を救った影のヒーローとして感謝されることまで思い描いていた。
そうして自分が正義感に酔っているうちに、彼女は極限まで追い詰められていたのだ。
そのことに気が付かずに呑気に構えていた結果……
がっくりと肩を落とした坂東に百々が声をかけた。
「おじちゃん……とにかく千代ちゃんを探そう。まだ千代ちゃんを止められるかもしれない」
坂東はコクコクと頷くとフラフラとした足取りで水鏡たちの後を追った。
こうして渡り廊下へとたどり着いた四人は異常な光景に目を見張るのだった……
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