ケース3 旅館㉙
コンコン……
先程から等間隔で何かが窓に当たる。そのたびにまるでノックのような音が鳴り、まったくもって集中できない。
煩わしい音のせいで三谷は包丁から手を放す。
懐中電灯を持って窓の側に行くと蜘蛛の巣に絡め取られた虫の残骸が風に揺られて窓を打っていた。
コンコン……
キリギリスか何か。
かろうじてそれだけは判別できるような糸巻きの遺骸を、三谷は側にあった箒ではたき落とした。
三谷は非常灯の薄明かりと集めた懐中電灯を総動員して夕餉の支度をしていた。
固形燃料を使った鍋と焼き物ならば、この暗がりでもある種の趣があっていいかもしれない。
そう思いつくやいなや、三谷はよく手入れされた和包丁を取り出し、さっそく鍋物の野菜を切り分けにかかったのだ。
氷漬けの発泡スチロールから大きなサワラを取り出して来て、さあここからが楽しい仕事! という時に窓を打ったのが虫の死体だ。
やれやれ……
そんな思いで再び手を洗った。
包丁を手に取ろうとするが、先程置いたはずの場所に包丁が見当たらない。
「ああん? おかしいな……」
いつも必ず包丁は置き場所を決めている。
それは修行時代から厳しく教え込まれ身体に染み付いた癖だった。
それがどうしたことかサワラを卸すための出刃包丁が見当たらない。
周りを見渡しても自分以外には誰もいない。仄暗い調理場は嫌に静かで気味が悪くなった。
「明るくなれば見つからぁな……」
そう独り言ちて三谷は包丁探しを諦めると、予備の出刃包丁でサワラを捌いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「申し訳ありません……!!」
水鏡は卜部に土下座して謝った。かなめは大の大人の土下座に落ち着かない様子だったが、卜部は平然とそれを見下ろしている。
「先生……ゆるしてあげましょう?」
しかしかなめの提案は一瞬で否決された。
「却下だ。俺がこの光景を見たのは一度や二度じゃない……」
「不可抗力なんですって……依頼人が消えるなんて思わないじゃないですか……」
卜部に踏みつけられて歪んだ顔で水鏡は訴える。
「まったく……とにかく依頼人の若女将を見つけ出せ。そいつがいないと、呪縛から開放するも糞もない……」
卜部の踏みつけから開放された水鏡がおずおずと尋ねる。
「腹痛先生のお力で、呪詛そのものを破壊するとかは出来ませんでしょうか……??」
「!!!」
ありえないものを見た!! そんな表情で卜部は水鏡を見据えたまま固まった。
「うん百年ものの強力な呪詛を破壊する代償を分かってて言ってるのか……??」
水鏡は頭を掻きながら舌を出してえへへと笑ってみせた。
それを見たかなめも卜部と一緒になって両目を片方の手で覆いながら水鏡という男の図太さに呆れるのだった。
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