ケース3 旅館⑬
温泉から上がってもかなめの顔の火照りはなかなか収まらない。
隣で髪を乾かしながらこちらを見てニヤリと笑う翡翠の顔も上気している。
どうやら温泉の持つ薬効が火照りを後押ししているのは間違いないようだ。
しかしかなめの頭の中では先程のやり取りがぐるぐると回っていた。どうもそれが顔の火照りをひどくしている気がしてならない。
「かなめさんは卜部先生のことをどう思ってるんですか?」
かなめはブルブルと頭を振ってその後のやり取りを頭から追い出す。
この後、部屋で卜部と二人きりなのだ。変に意識して挙動不審になれば卜部に何を言われるか分かったものではない。
かなめが悶々と髪を乾かしていると翡翠が近づいてきた。
「かなめさん。あれ」
そう言って翡翠はガラス張りで中身の見えるレトロな自販機を指さした。
古めかしい赤い文字で「しぼりたて牛乳」と書いてある。
「いいですね!!」
二人はその自販機でフルーツ牛乳とコーヒー牛乳を買うと腰に手を当てて飲み干し大笑いした。
旅先特有の悪ノリなのか笑いすぎて涙目になりながら、そろそろ部屋に戻ろうと廊下を歩いていると前方から女将が歩いてきた。
「温泉はいかがでしたか?」
女将はニッコリと微笑んで二人に尋ねた。
「はい!! とっても気持ちよかったです!!」
かなめは笑顔で答えた。
しかし翡翠は先程までの柔らかさが表情から消えていつものポーカーフェイスに戻っていた。
「ここは美人の湯で有名な硫黄泉なんですよ。お肌がツルツルになるでしょ? ぜひたくさん入って行ってくださいね」
そう言って女将は頭を下げると廊下の奥へと消えていった。
「硫黄ってお肌に良いんですね」
「はい。そのようです」
なんとなく会話が途切れて、二人は無言で階段を登りそれぞれの部屋の前にたどり着いた。
「それじゃ、また明日!!」
かなめがそう言って部屋に入ろうとしたときだった。
「かなめさん」
翡翠がかなめを呼び止めた。
かなめは動きを止めて翡翠を見る。
翡翠は両手をお腹の前で組んで丁寧にお辞儀した。
「申し訳ありませんでした。もうお気づきかと思いますが、この旅行はただの旅行ではありません……」
やや間があってから、かなめはファイティングポーズをとって言った。
「大丈夫です!! うちの先生、霊的なことに関しては本当にすごいですから!!」
「それに、せっかく翡翠さんと友達になれたんですし、楽しめるタイミングは思い切り楽しまないと損です!!」
笑顔で親指を立ててかなめが言う。
翡翠はそれを聞いて目を丸くした。
「それじゃまた明日!! おやすみなさい!!」
かなめはそう言って颯爽と部屋に入っていった。
部屋に入るとそこには布団が二つ、綺麗に並んで敷かれていた。
かなめはそれを見て頭を抱えると、翡翠とのやり取りを思い出し、独り悶絶することになるのだった。
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