ケース3 旅館⑯ 初夜
「全く寝付けない」
かなめは神経が昂ぶって寝付けずにいた。
布団の右と左で揉めに揉めてじゃんけん大会になったのが二時間ほど前だった。
「そろそろ寝るか……」
卜部がボソリとつぶやいて寝室へと向かった。
かなめもドキドキしながらそれに付いていく。
「落ち着け。何もない。これは何でもないことなんだわたし……」
そう自分に言い聞かせていると卜部が左側の布団をめくろうとしている。
それはかなめが普段眠るときに向く方角だった。
つまりそちらに卜部が眠るとかなめは卜部の方を見ながら眠ることになる。下手をすれば向かい合って眠ることになる。
それはまずい。心臓に悪い。
「せ、先生!! そっちはわたしの布団です!!」
かなめは慌てて大声を出した。
「なんでだ? そんなのどっちでも関係ないだろ?」
卜部が驚いや様子で布団に手をかけたまま振り向いた。
「関係大ありです!! 風水みたいなもんです!!」
「風水だあ!? お前いつからそんなの分かるようになったんだ?」
「風水なんてわかりません!! 風水は言葉のアヤです!! それよりどっちでも良いなら替わってくださいよ」
かなめも必死で言い返す。ここは譲れない。
「どっちでも良くない。俺は左じゃないと眠れない質だ」
「私だって左じゃないと眠れない質です!!」
かなめは卜部が持っているのと反対側の布団の端を掴んで言った。卜部はそれを見てカッと目を見開く。
「布団をよこせ……」
「先生がよこしてください」
睨み合いの末壮絶なじゃんけん三本勝負が行われた。両者一歩も譲らず、泣いても笑っても最後の五回戦を勝ち取ったのは卜部だった。
「まったく……大人気なく占いまで持ち出すんだから……」
かなめは天井を見ながらつぶやいた。チラリと横を見ると、卜部がこちらに背を向けて眠っている。
かなめは天井を見て眠るのが怖かった。目が慣れた薄暗闇の中では、天井の木目や染みが恐ろしい形や顔に見えてくる。
一度恐怖に取り憑かれると、今度は天井板の隙間から何か得体の知れないものがこちらを覗き込んでくる不吉な映像が脳裏をかすめる。
仕方なく、かなめは卜部の背中を見つめる格好になった。足を折りたたんで丸まりながら、卜部の後頭部を見つめているといつの間にか安堵と疲れが染み出してきてかなめは静かに眠りに落ちていった。
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じめじめと湿気た畳の部屋に立っている。
歩くとねちゃぁと気持ちの悪い感触が伝わってくる。
何枚も何枚も襖を開き奥へ奥へと進んでいく。
奥へ進むに連れて異臭が漂い、それはやがて耐え難い悪臭へとかわっていく。
かりかりかりかりかりかり……
奇妙な耳鳴りが聞こえる。
カリカリカリカリカリカリ……
耳鳴りが大きくなっていく。
引き返したい。
叫びそうになるのを抑えて襖を開ける。
逃げ出したい。
襖にかけた手がぶるぶると震えているのがわかる。
カリカリカリカリカリカリ
音が溢れる。
恐怖が高まる。
どくん どくん どくん どくん……
自分の鼓動が聞こえる。
カリカリカリカリカリカリ
カリカリカリカリカリカリ
カリカリカリカリカリカリ
カリカリカリカリカリカリ
カリカリカリカリカリカリ
カリカリカリカリカリカリ
リリリリリリリリリリリリ
リリリリリリリリリリリリ
襖を開くのと同時に目覚ましの音でかなめは目を覚ました。
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