ケース3 旅館⑥

「さささ!! 皆さん!! 行きましょう!!」

 

 そう言うと水鏡は先頭に立ってずんずん旅館へと歩いていった。

 

 かなめも荷物を持って旅館へと進もうとしたが旅館を睨んで立ち止まっている卜部に気が付いて立ち止まった。

 

「先生? どうかしましたか?」

 

 卜部は黙って目を細めている。かなめもつられてもう一度旅館に目をやった。木造の三階建てで決して大きくはなかったが歴史を感じさせる重厚な建物だった。各部屋には部屋一面の掃き出し窓が備えられており、美しい格子のシルエットが室内の明かりで浮き彫りになっている。

 

 

「先生……?」

 

 卜部はおもむろにコートのポケットに手を突っ込んでラーク・マイルドクラシックの箱を取り出した。ボコボコのジッポでタバコに火をつけて深く息を吸う。するとタバコの先端が音を立てて赤く燃えた。

 

 

 吐き出された煙は冷たい風にさらわれて闇の奥へと流れていく。

 

 

「こっちに来い」

 

 卜部がかなめに手招きする。

 

「???」

 

 かなめは荷物をそこに置いて卜部のそばに歩み寄った。すると卜部はかなめの顔にタバコの煙を吹きかけた。

 

「ゲホっ!! ゲホっ!! な、なにするんですか!! いきなり!!」

 

 かなめは煙にむせながら抗議した。しかし卜部はお構いなしに煙を吹きかける。

 

 

 

「よく聞け。ここは相当ヤバい。絶対に館内を独りでうろうろするな。いいな?」

 

 

 

「えっ!? それってどういう……!?」

 

 かなめが聞き終わるより先に卜部は荷物を持って旅館に歩いていった。かなめはその後姿を慌てて追いかける。

 

「ちょっと!! 先生!!」

 

 開放された引き戸の敷居を跨ぐと、真っ赤な絨毯が敷かれたエントランスに女将と若女将が三つ指を付いて深々と頭を下げていた。

 

「ようこそ忌沼温泉旅館へお越し下さいました……女将の千鶴と申します」

 

「若女将の千代です」

 

 

「わぁ……わたしこういうの火サスでしか見たことありません!!」

 

 かなめは小声で卜部に囁いた。卜部は余計なことを喋るなと脇腹を小突くと玄関框げんかんかまちに腰掛けて靴を脱いだ。

 

「お部屋は二部屋ご用意しております。どちらのお部屋も二階にご用意させて頂きました。鵺の間と麒麟の間になります」

 

 そう言って女将が木板にぶら下がった鍵を差し出した。不気味な生き物の描かれた鍵を水鏡が受け取り、卜部にその一つを手渡す。

 

 ん??

 

 咄嗟にかなめは首をひねって考える。部屋は二つ。鍵は水鏡さんと先生が持っている……

 

 

 

「行くぞ。亀」

 

 

「ええ!! 先生と相部屋ですか!?」

 

 

「それじゃ僕と相部屋……イタタタ!!」

 

 言い終わるより先に翡翠が水鏡の耳をつまんで奥へと引っ張っていく。

 

 

「かなめさん!!」

 

 翡翠はそう言って振り向くとウインクした。

 

 

「ええっ!! ちょ、ちょっと!! 待ってください!! 何ですか今の!?」

 

 

 

「早く来い!! 亀!!」

 

「か、かなめです!!」

 

 

 かなめは女将と若女将に一礼すると卜部を追って階段に走った。

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