ケース2 プール⑮

「大吾先生ー! フォームのチェックお願いしまーす」プールにはホーリーの陽気な笑い声が反響する。 

 

 血のように赤い夕日が、天井付近、壁一面に設けられた窓からプールに西陽を投げ込む。太陽の沈むのに合わせて、西陽は照らす先を天井に変えていく。


 すると当然プールには影が差し、夜の気配が色濃くなっていく。

 

 

 プールには相変わらずホーリーの陽気な声が響いている。

 

 バチンと音がしてナイター用の照明が点灯する。

 

 (するとある種の影が一層濃くなる)

 

 子ども達の騒々しいバタ足が、水音と飛沫しぶきを撒き散らす。

 

 どこかで発情した猫が甘えた鳴き声を撒き散らす。

 

 保護者達の他愛のない噂話がぺちゃくちゃと聞こえる。

 

 (猫の声はいつのまにか赤ん坊の泣き声に変わっている)

 

 反町ミサキの生徒たちが、順番に並んで自分の番を待つ。

 

 (油粘土のようにのっぺりと白い子どもの隊列が、ずらりとプールサイドに整列する)

 

 反町ミサキが吹く笛の音がこだまする。

 

 それを合図に自分の番の子どもが泳ぎ始める。

 

 (それを合図に粘土のような子ども達がいっせいに、感情のない表情で榛原大吾を見つめる)

 

 

 嫌に重量感を感じさせる生気の無い粘土のような質感の肌。暗い瞳。丸く空いた口。口の中に覗く底なしの黒い孔。それが全て男の方に向けられていた。

 

「す、すみません……ちょっと体調が優れないので今日の指導はここまでで……皆さん残りの時間は自由に泳いでください」男は表情を強張らせてそう言うと、逃げるようにプールを後にした。

 

「もぉー! 何よぉ!? せっかく教えてもらうところだったのにぃ〜!」ホーリーはそう叫びながら卜部とかなめのもとに泳いできた。

 

「ははは……榛原先生はどうかなさったんですか?」かなめは困ったような表情で笑いながらホーリーに尋ねた。

 

「なんか調子悪いみたいよ? ここ最近ずっとあんな調子らしいけど……今日は特に酷いみたい」どうしたのかしら? とわざとらしく人差し指を自身の頬につけてホーリーは首をかしげた。

 

「今夜は満月だからな。おかしなものでも見えたんじゃないか」卜部がそう言うとホーリーは水面を叩いて言った。

 

「なるほどね! 満月は人の心をかき乱すって言うもんね!」

 

 彼女はそれで得心がいったという顔をすると、満足気に仲間たちの所に帰っていった。

 

「かめ。今夜だ」

 

 かなめはそれに黙って頷いた後、卜部を見据えて言った。 

 

「かめじゃないです。かなめです」

 

 

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