第124話 ロベリア/セトアリマ



 「―――」


 声が、出ない。

 何も、見えない。

 聞こえない。


 ああ、なんでもっと早く、気づかなかったんだろう。


「―――」


 生前から、ここだけは変わらないな。

 いつもの悪いクセだ。


「―――惨めだ。この上ない、醜態だな」


 瞼の裏だろうか、視界に広がる暗闇から声が聞こえた。

 どこまでも傲岸で、当然のように人を見下す態度。

 こいつも変わらないな。


 なのに、ホッとしている自分がいた。

 こんな時だから、かもしれない。


 異世界に飛ばされ、一番身近に感じていた人物が、目の前にいる『傲慢の魔術師ロベリア・クロウリー』だから。


「死にたくない、生きたい。みんなを守りたい、油断はしない、負けない。そろそろ聞き飽きたぞ、その綺麗事。貴様は、これから起きる未来を達観的に見すぎている。だから足を滑らせる」


 これは夢なのか。

 ベルソルにやられたことで頭がごちゃまぜになって、意味の分からない心象を見せられているのか?


 だって、現実の俺はロベリアだから。


「思い違いも甚だしい。貴様がこの俺だと? ハッ、笑わせてくれる。たとえ俺の肉体に宿っても、貴様は何処まで行っても『セトアリマ』だ」


 セト……え、何で、俺の生前の名前を知っているんだ?


「あれ、身体が」


 驚愕で、目を見開いてしまう。

 俺の身体が、俺の元の瀬戸有馬の肉体に戻っている。


 腕を上げると、擦り合う金属音のようなものが聞こえた。

 よく見ると、両手首に手枷のような物をはめられていた。


 手枷の鎖は暗闇のせいでよく見えないが、何処か遠くに繋げられているようで、身動きがとれない。


「直接、会うのは初めてだったなセトアリマ」


 不快そうな表情を浮かべ、ロベリアは俺の目の前で、いつの間にか現れた椅子に腰掛けた。


「なんで俺の名前を……?」

「さあな、この俺でさえ知り得ないことだ。真剣に考えたところで、答えを導くことは難しいだろうな。状況に身を任せる、それが最善だ」

「これじゃ動けない、この鎖をどうにかしろ」

「ふん、それはできない相談だな」


 不思議な感覚だ。

 口調が今までのように嫌味の含んだものに変換されない。

 しかし、癖になってしまったのか自分でも驚くぐらい強気だ。


「じゃあ、ここは何処なんだ? 出口を教えてくれ。みんなのところに早く戻らないと……」

「またそれか。貴様はそうやって他人ばかりを想う。その甘さがどれほど自身を弱くしているのかも知らずに」


 何を言っている。

 大切な人達を守りたくて何が悪い?

 それが俺の原動力だ、失うぐらいなら死んでも戦ってやる。


「何故、俺が傲慢の魔術師と恐れられるようになったのか。どのようにして銀針の十二強将の七刻にまで昇り詰めることができたのかを、もう少し―――」

「ああああああ!!」


 ロベリアを睨みつけながら、手枷をはめられた両手を引っ張りながら前進する。

 聞きたいこと、話したいことが山程あるが、それは戦いが終わったあとだ。


 ベルソルを野放しにしたらエリーシャを連れ去られてしまう。

 エリーシャを守ろうとする仲間を皆殺しにされてしまう。


 それに比べたら手の一本二本、失ったほうが何倍もマシだ。


「いい加減に見苦しいぞ! 俺の肉体にここまで愚かな馬鹿が宿っていたと思うだけで吐き気がする! 自分は傷ついていいのに他人は嫌だと……心底、軽蔑するぞ! セトアリマ!」


 ピキッ。

 鎖に、僅かだが亀裂が生じる。

 もっと強く、砕けろ、砕けろ、砕けろ。


「……凄まじい執念だ。ああ、知っていたとも。今までの経験がセトアリマの肉体にも蓄積していたことを、非力な人間ではなくなったということを」


 ロベリアは椅子から立ち上がると、俺の頭の上に手を置いた。


妖精王国フィンブル・ヘイムから着実に力をつけ……新たな力を手にしたことも知っている。どこまでも愚直な……まあいい。力を最大限に発揮できず、くたばることを俺が許さない」

「痛っ! 邪魔するなよ!」


 ロベリアは置いた手で、俺の髪の毛を鷲掴みにした。

 怒っているのが伝わるぐらい震えている。


「勘違いをするなよ。貴様が死のうと、その周囲が死のうと俺には関係のないことだ。だが、俺の肉体で醜態をさらすような真似はさせん。人を守りたいなどという考えは、黒魔術の本質に反する―――」


 膨大な魔力の放流を感じる。

 信じられないことにロベリアは、自身の魔力を俺に流し込んでいたのだ。






「―――勝利したいなら、狂気を渇望しろ」





 刹那―――として、意識が覚醒した。

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