第13話 傲慢の魔術師ロベリアvs竜王ボロス


 古城。

 黄金色の長髪、端正な顔立ちの支配者は天井の空いた一室で、退屈そうに欠伸をした。


 生贄として捧げられるはずの新しい娘が来ない。

 配下のシャンディに訪ねても詳しいことを教えてくれない。


 もう少し待って欲しいとのことだ。

 カンサス領を支配し始めて二年目のこと。

 気に入った村娘が、村から逃げだしてしまったことが一度あった。


 村娘の名前はもう忘れた。

 苦く、悲しい記憶の断片なので思い出さないようにしていたが、今宵も状況が似ていた。


 もしや、同じように村娘が逃げ出してしまったのかと内心は、ちょっとばかり焦ってしまう。

 それに、この感覚は。


 御前で頭を垂れる配下のシャンディに報せを受ける前に、共鳴している竜の血の消失に、配下の一人が死んだことに気がつく。


「これはいけないね。百五十年、苦楽をともにした大切な配下の一人が死んでしまったようだ」


「やはり、解ってしまわれるのですね」


「私と君達は一心同体といってもいいからね。下僕しもべたちは例外だけど」


 侵入者をいつでも排除できるよう警備を厳重にしているはずが、配下を含めた数十の下僕しもべまでやられた可能性が高い。


「カンサスは居心地いいからね。無駄に着飾った娘はいないし、自然は豊かだし、この城も私好みなんだ。だから、いくら死んでもいいから脅威を一匹残らず排除しておいてよね」


「御意、竜王様の御心のままに」


 ロウソクだけが灯る一室で老獪なやり取りをする二名は、敵勢力が一人であること。

『銀針の十二強将』の一角であることを知らない。




 配下を一人撃破するほどの脅威。

 カンサスの支配から六年。


 鉄壁の竜王軍を崩した勢力は、今まで一度もなかった。


 王国騎士団ですら羽虫にしかすぎなかった。

 なんとしても、絶対的な地位を維持しなければならないのだ。


 竜王の配下シャンディは竜の血を分け与えられた配下である。

各国から下僕しもべとして竜王軍に加わった屈強な戦士たちを統率して、グリンダ村へと村へと向かわせた。


 各々が世界でも名を上げてきた最強の戦士たちなのだ。

 たとえシャンディのような配下クラスであろうと、一斉に下僕しもべに取り囲まれたら簡単に勝つ事ができないほどである。


 配下シャンディは竜の翼を広げ、一部始終を監察する。

 結果は瞭然と、甘く見積もっていたが。


 圧倒的すぎたのだ。



「な……なんなんだ、これは……」


 古城へと向かっていたクラウディアとオズワルの目に映ったのは、おびただし数の死体だった。


 大災害を想起させる光景にクラウディアは喉を鳴らす。木々がなぎ倒され、地面の表面がめくれ上がっていた。


「こりゃ、竜王の下僕しもべどもじゃないか。それも、かなり世間に知れ渡っている強者つわものばかり。こいつらをたった一人で相手取れるなんてな、恐れ入ったよ」


 オズワルは愉快そうに笑っていた。

 それもそうだ。


 誰がこうなると予想できよう。



「竜王様!!」


 シャンディによって勢いよく開けられた扉から豪快な音が、王の間に響き渡った。

 竜王の機嫌を損ねないよう、いつもはゆっくりと開閉していた扉だったのでシャンディは自分自身の軽率な行動に後悔する。


 だが当の本人は、待ってましたと言わんばかりにシャンディを見た。


「随分と遅かったじゃないか。王国騎士団を処理したときは一時間も掛からなかったのに。それほど、相手は厄介なのかい?」


「……ええ、まあ」


「だけど、もう排除しておいたよね?」


 ギクリと、あからさまにシャンディは動揺を見せた。


「私は誰よりも君を信頼している。一族を根絶やしにされ、唯一生き残った私を導いてくれた君を疑ったりは一度もしてこなかった。だよね?」


「り……竜王……様」


 ここで下僕しもべたちに何が起きたのかを報せないと。

 口を開くが声が出てこない。


 自分をここまで信頼する主人を失望させたくないからなのか、真実を口にしようとしても上手く言葉にすることができない……してはならない。


 だからと虚偽の報告は万死に値する。

 突破口を試行錯誤するシャンディの報せを待っていた竜王は何かを察し、笑顔を引きつらせた。


「ねぇ、もしかして……っ!」


 竜王の言葉を遮るように、爆発音が古城に響き渡った。

 衝撃でそこらが大きく揺れる。


 来た、来てしまった。

 シャンディは頭を抱えながら、紙切れのように殺されていった下僕しもべたちを思い返す。


「……申しわけありません。奴です」


 竜王は静かに立ち上がった。


「うん、感じるよシャンディ。かつて魔の大陸で会った、妖精王と同じ……それ以上か」


 竜王の天敵が、古城にたどり着いてしまった。





 古城の中へと侵入を防ぐための結界が張られていたが、あの程度の強度などロベリアの魔術にかかれば破くなど容易いことだ。


 大広間に侵入した俺は、待ち受ける下僕しもべどもを蹴散らしながら、奥へと、上へと進む。


 心做しか肉体が、以前より馴染んでいる気さえした。

 だが、そんなことは今どうでもいいことだ。


 あの支配者がこの領地で好き勝手やっている限り、クラウディアは故郷と呼べる場所を失ったままだ。

 人知れず、多くの人間が苦しんでいる。


 オズワルの話を思い出すだけでも虫酸が走った。

 握りしめた拳で、ボロボロの扉を粉砕する。


 そこには男が二人いた。

 竜王と、その配下だ。


「竜王様、ここは私が」


 配下の名前は、確かシャンディだったな。

 数百年前から竜王に付き添う、忠誠心に溢れた部下だ。


 竜王が血を分け与えた人間の中でも飛び抜けて、高い戦闘力を持っている。


「いいよ。君の勇姿、しかと見届けさせてもらうよ」


 竜王からのお許しがでたシャンディは前へと歩み寄り、こちらを睨みつける。


「図に乗るなよ下郎」


 その口調には気品の欠片もなかった。

 まるで知性を失った獣のような威圧だ。


「どれだけ順調に、我々の計画が進んでいたのかを知らないのか? これからという時に、何もかもをブチ壊しやがって! 竜族は、種族の中でも至高の存在なんだ! お前のような下等種が、のうのうと見上げていい存在ではない!」


 シャンディの細長い体が、みるみる膨張していた。

 竜の血を余すことなく使おうとしているのか、皮膚の一部が鱗に変化している。


「頭を垂れろ! 人間がぁああああ!!」


 剥き出した牙で噛みつこうとしたシャンディの頭を掴み、大理石の床へと叩きつける。


「っ!?」


「邪魔だ」


 上級風属性魔術【凶嵐ディザスター】を発動させる。


 浮遊する対象にめがけて放つ、超遠距離の魔術だ。

 それを零距離で受ければ、ただでは済まされない。

 シャンディに反撃のすべを与えることなく脳天を叩き割ってやった。


 たったの一撃で、シャンディは沈黙した。

 村で片付けた配下の一人と同様、死んだのだ。


「……」


 目の前で、大切な部下を殺された竜王は、特に何かしらの反応をすることなく拍手をした。


「見事なものだ。シャンディは強いのに、まるで虫を叩き潰すかのように殺されるとはね」


 竜王は胸に手を当て、律儀に頭を下げた。


「我が名はボロス。竜王ボロスと呼び給え」


 すると、竜王ボロスのすぐ真横で巨大な剣が現れた。

 魔族に伝わる、呪いを受けた世界最強の武器『魔剣』だ。


「私は、彼のように一筋縄ではいかないよ!」


 振り下ろされた魔剣から黒い波が発生して、古城を半壊させた。

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