最も嫌われている最凶の悪役に転生《コミカライズ連載中》

第14話 誰が為の解放

　一振りで、この威力は流石に舐めていた。

　瓦礫の山から抜け出すと、すぐ目の前に魔剣の切っ先を突きつけられる。

　自分の方が優位だと思いこんでいるボロスの顔を見上げながら、剣の切っ先を掴む。

「無駄な足掻きは辞めたほうがいいよ。君と私では、そもそも対等な闘いになるはずがない。私は竜、君は人。これが何を意味するのか馬鹿な君にも解るでしょ」

「……」

「まあ、そこらの人族よりかは強かったんじゃない？　よかったらさ、私の配下にならないかい？」

「断る」

「ふーん。じゃ、一つ質問、何故？　どうして私に闘いを挑んだの？　名声？　それとも今度は君がカンサスを支配するつもり？」

　答えは、初めから決まっている。

「解放だ」

　魔剣にヒビが走る。

　圧倒的な力を加えられたことで剣身が砕けた。

「嘘でしょ……これ、世界に数本しか存在しない最強の剣なんだけど」

　困惑した声で言う竜王ボロスにめがけて、上級炎属性魔術を放った。

【大炎戒（マキシマム）】

　巨大な炎の球体が竜王ボロスに直撃する。

　触れてしまったその時、焼き尽くすまで消えない炎だ。

　あまり使いたくはなかったが、コイツを苦しめられるのなら出し惜しみはしない。

「……ぐっ……ぐあっ……この」

　終わりかと思っていた。

　だが竜王ボロスには、もう一つ形態があるのを思い出す。

　振り返りざまに【魔力防壁】を張る。

　予想通り、竜王ボロスの攻撃を防げたが、問題はそこではない。

　竜王ボロスの姿だ。

　古城の面積と同じか、それ以上の巨躯へと巨大化していた。

　それは、まさに飛竜。

　大きく広げられた翼から木々を揺らすほどの風圧が発生する。

「……まさか、この私を本気にさせるとは！　認めよう！　君は強い！　だが！」

　竜王ボロスが、口を開けた。

　魔力が渦のように、集結していくのが伝わる。

　まさか、と黒魔術の魔導書を取り出す。

「むっ……それは……まあいい。どっちにしろ、もう遅い！」

　何もかもを焼き尽くすほどの温度に上昇した魔力は、蒼い炎の塊に変わる。

　竜王最終奥義【竜雫（ドラゴン・ティア）】だ。

　こちらが攻撃を阻止するより先に、放出されてしまう。

　クラウディアたちのいる方角、グリンタ村向かっていた。

　あれでは追いつけない。

　駄目だ、もう———

「父上、母上……私に力を！」

　蒼い炎が真っ二つに、切り裂かれた。

　目を凝らすと、高い位置まで跳躍したクラウディアの姿があった。

　ずっと大切にしていたはずの剣が、砕けている。

　なのに、クラディアは清々しい顔をして、こちらを見ていた。

「勝って、ロベリア……！」

　復讐に燃え、決して譲ろうとしなかった席を空け渡された。

　無駄にはしない、決して。

「貴様の支配は、ここで終わりだ」

　黒魔術の魔導書のページを捲る。

　ロベリアにのみ循環する特異魔力『黒魔力』を開放する。

　外へと放出された黒魔力は霧のように漂う。

「漆黒（ヘル）槍（ファウスト）」

　鋭利な禍々しい槍へと形状を変え、熱を帯びるほどの速度で回転を加え、竜王ボロスにめがけて穿つ。

　あの巨躯では避けられるはずがなく、槍は深々と下腹を貫く。

「ぐおおおおおお！」

　大量の返り血が、地上へと降り注ぐ。

　服が汚れることに気に掛ける余裕もなく、次の一手をしかける。

　ロベリアの奥義が発動するまでの時間稼ぎが必要だ。

【凶悪（イーヴィル）な鎖（チェーン）】

　異空間から出現させた鎖が竜王ボロスの胴体に巻き付く。

　腐敗効果のある鎖に、鱗を焼かれていく竜王ボロスを睨み付けながら真正面へと飛び上がる。

【呪打撃（カースブレイク）】

　強度を上げた黒魔力を叩きつける黒魔術だ。

　威力は六段階あり、一番強い威力で竜王ボロスの顎を殴り上げた。

(敵わない……私は竜の王様なのに、たかが人間一匹に手足も出ないなんて……)

　最終手段の【竜化】ですら及ばない。

　最初から、双方の実力差は真逆だったのだ。

「畏怖の門よ来たれ……」

　正真正銘の、巨大な竜に姿を変えたことを後悔させてやろう。この黒魔術を解き放った瞬間、闘いは終わったも同然だ。

　けたたましく開かれた門からは感じたことのない恐ろしい瘴気と、黒い鎖が溢れ出てきた。

　鎖は蛇の如く、竜王ボロスを縛り付けた。

【凶悪な鎖】とは比にならないほど硬い鎖に、拘束してしまえば砕かれる心配はない。

「―――跋扈せし虚構の獣どもよ。血肉に飢えし汝らに貢物をやろう」

　性懲りもなく足掻く竜王ボロスの巨躯が、門へと引っ張られていく。

　世にも恐ろしい『何か』が外を覗き込んでいた。

　術者本人の俺ですら正体の分からない何かが、獲物である竜王ボロスを凝視している。

　竜王ボロスは、その何かと視線を合わせてしまい、絶叫した。

『うわあああ！？　なんだこれは！？　嫌だ！　離せぇぇえええ！！』

　私欲の為に、多くの命を奪ってきた奴に、いまさら同情はしない。

　これで終わりにしよう。

　もう十分、みんな苦しんだ。

　俺の眼が届く範囲でいい。

　汚名返上という利益も、どうだっていい。

　次の時代を、子どもたちが笑って生きていけるように。

　ここで終わらせる！

【虚構獄門（サムシング・イン・サイド）】

　耳をつんざく絶叫が、

『うわああああ！！　やだあああああ―――』

　途切れた。

　役目を終えた門は、瘴気を放ちながら渦巻き、消滅する。

　流石に、魔力を使いすぎた。

　苦戦をしていたわけではない。

　虚構獄門を使う必要もなかった。

　ただ、あの竜王に少しでも、クラウディアたちの苦しみを味わせてやりたかった。

「……小物め」

　その我儘のせいで体は動かなくなり、半壊した古城へと落下してしまう。

　森のどこかで、竜王ボロスの奥義を親の形見で真っ二つに両断した、クラウディアを抱きかかえるオズワルの姿があった。

　朦朧とする意識の中、最後まで戦いを見届けることができたクラウディアは小さく呟く。

「ねぇ、オズワルさん……これも、夢なのかな？　この目で、しっかりと見ていたはずなのに、全然実感が湧いてこないの。ねぇ……もし、このまま目を閉じてしまったら、また悪夢を見続けることになるのかな……」

　物語の女騎士に憧れる前の、かつての口調で聞いてくるクラウディアに、オズワルは優しく返した。

「悪夢なら、もう終わった。竜王の支配も、悪政も、何もかもが打ち砕かれたよ。だから、安心して寝ちまいな。きっと、いい夢を見ることができるさ」

「……そっか……ありがとう……ロべ……リ……」

　あの日、逃げ出した責任感に囚われ続けた騎士が、ようやく少女へと戻ることができたのだ。

　安心した彼女の寝息が聞こえるまで、オズワルは静かに見守るのだった。

　私の故郷を含め、カンサス領地が解放されてから三日間。朝から晩まで、二日に渡って村はお祭り状態だった。

　腰を痛めてから立てなくなっていた村長が、喜びのあまり踊りに参加していたことも奇跡の一つにすることにしよう。

　五年も離れ離れになっていたトトとも、感動の再会を果たすことができた。

　かつて引っ込み思案な性格だったはずだが、今ではモニカの面影すら感じられるほど活発な娘へと成長を遂げていた。

　幸い、彼女の両親は崩壊した建物の下敷きにならずに済んだらしい。

　家を下僕（しもべ）どもによって壊される前に、地下へとなんとか逃げ隠れることができたとのことだ。

　これからもトトが平和に暮らしていけることが、心から嬉しい。

　彼女だけではない、私も———

　紫色の花束を、建てられたばかりの墓に供える。

　長い間、ずいぶんと待たせてしまった。

　話したいことが沢山あるのにどこから話せば良いのか、迷ってしまう。

「父上、母上……」

　もしも二人が生きていたら、怒っていただろうか？

　オズワルさんと同じよう「故郷のことなんか忘れて違う土地で幸せに生きてくれればよかった」と叱ってくれていただろうか。

　両親に叱られた経験があまりにもないので、私はきっと落ち込むだろう。

　しかし、二人の声を聞けるのなら、それすら恋しいと思う。

「ごめんなさい」

　粉々になった剣を置き、謝罪する。

　村を守るためだったとはいえども、大切な形見を壊してしまったことに違いはない。

　騎士らしく胸に手をあてて、深々と頭を下げる。

　そうだ、そういえば私、騎士になりたいと昔からうるさかったな。

　物語に登場する女騎士に憧れ、いつか彼女のような立派な騎士になりたいと夢見ていた。

　あの戦いを前にして以降、自分の未熟さを痛感したがな。

　強くなりたい、そのためにはもっと鍛えなければならない。しかし、少しの間だけでも、故郷で平穏に過ごしてもいいだろうか？

　トトやオズワルさんと、もっと話をしたい。

　村のみんなと、同じ時間を生きていきたい。

　モニカのお墓参りもしていない。

　胸の底から嬉しさがこみ上げ、堪えきれず涙を流してしまう。

　いつか故郷で、みんなと笑い合える日々を、なによりも夢に見ていた。

　それを、ついに叶えることができた。

　あれもこれも、全部。

　彼のおかげなんだ。

「お別れの挨拶もなしに、もう行くのかい？」

「……ああ」

　どんちゃん騒ぎをする村人にまぎれて、バレずに逃げ出せたかと思っていたのに、まさかオズワルに見つかってしまうとは。

「クラウディアの奴が、感謝をしたがっていたぞ。一目ぐらい会ってやってもバチは当たらねぇだろ？」

　あれから三日。

　薬の調合に必要な植物の採取をしながらオズワルの家に引きこもっていたので、誰とも会っていない。

　時々、クラウディアが会いたがっていたそうにしていたが、一度決めたことを曲げるつもりはない。

　なのに今更、会いに行けと言われても、戻るつもりはない。

　ようやく竜王ボロスの呪縛から解き放たれたのに、傲慢の魔術師ロベリアが村にいることを知られたら、ふたたび混乱が起きてしまう。

「誰がなんと言おうと、お前さんは私達の村を救った……いや、これ以上は、野暮だね」

　背中を向けたまま、そっと右手を上げた。

　言葉はいらない。

　一度も振り返ることなく、歩き続けた。

「私たちは、今日も幸せに過ごしています……！」

　墓に供えられた瑠璃蝶草の花びらが風に吹かれ、高く、高く舞い上がる。

　まるで、いつまでも村の平和を見守るかのように、高く———