第103話 クロウリー家の家族写真 上




「おはよう、ロベリア」


 目を開けると、エプロン姿の天使がいた。

 ふわりと香る、甘やかな匂いにウットリとしながら俺は、自分を起こしてくれたエリーシャの頭を撫でた。


「……毎朝、面倒をかけてすまない」


「ふふ、気にしないで。ロベリアがお寝坊さんなの、今に始まったことじゃないから」


 寝坊で良かった、と心から思う。

 目覚めて最初に、視界に映るのが愛する少女だなんて贅沢すぎるだろう。


 差し込んでくる陽光より輝かしい笑顔で起こしてくれるエリーシャが愛おしくて堪らない。


「それじゃ、私は先に下りてるから。支度ができたらご飯にしましょ」


「……ああ」


 この世界に迷い込んでから三年。

 誰からも嫌われ、憎まれ、畏怖された悪役の身体に魂が宿った、始まりの日。

 自分がここまで幸せを掴めるとは、あの日、知る由もなかっただろう。


 いずれ訪れる死の根絶のため、どれほどこの肉体が傷ついたのやら、思い返したくのない記憶ばかりだ。


 ようやく手にした、この幸せを手放したりはしな――――


「きゃあああああああああああッ!!」


 下の階から悲鳴が聞こえた。

 さっそく平穏が、何者かの手によって脅かされそうになっていた。




「何があった!?」


 食卓のあるキッチンに行くと、怯えた様子のエリーシャがそこに居た。

 食材を床にぶちまけて、あるところを一点に見つめていた。

 俺の存在に気付くと、涙目になりながら見つめていた場所に指をさした。


「あ、ああ……あれ……」


 エリーシャが指し示した壁に、そいつは張り付いていた。

 見た者をひとり残らず震え上がらせる、黒い物体。

 まるで壁と一体化でもしているかのように、こちらの気も知らずにジッとしていた。


 背筋が凍えた。

 何で、何でお前が………。



 カサカサカサ。



「きゃああああああああああ!!」


 悍ましく蠢く、最強の害虫G!!

 腰が抜けたエリーシャを抱き上げ、一目散にキッチンから逃走する。


 たかが虫一匹にここまでビビり散らかすとは、やはり古来Gは人にとって天敵だったのかもしれない。

 遺伝に奴らの危険性が濃く刻み込まれているから『コイツらに近づいてはならない』拒絶反応が起きるのだ。


 G怖い!

 G怖い!



「ひゃあああ! ロベリア! う、後ろ! 後ろ!」


 走りながら、後ろを振り向く。

 そいつは壁を走って、時には宙を飛んで、追いかけてきていた。


(嘘ぉ!?)


 なんという執着心。

 虫のくせに、完全にロックオンしてきている。




「朝から騒々しいですね、何かあったのですか?」


 曲がり角からボロスが!

 ちょうど良いところに!


「敵だ! 頼んだぞ!」


「なんと! あのロベリア様がエリーシャ嬢を抱えて逃げるほどの敵! 私にお任せください!」


 ビシッと、綺麗に敬礼したボロスを横切り、先を急ぐ。

 あとは頼んだぞ我が右腕よ。


「―――我が主の平穏を脅かす害虫が、この竜王が駆除して差し上げ……」


 カサカサカサ。


 指の関節を鳴らし、殺気を放ち、戦闘態勢に突入したボロスだったが。

 真っ直ぐ向かってくるGを目にした瞬間、口を半開きにさせたまま固まってしまった。


「あ、ああ。そういえば、ロベリア様とエリーシャ嬢の結婚プランを練っている途中でした~。なので、私はここら辺で………」


 明らかに逃げようとしたボロスの頬に、ちょこんとGが止まった。





 数時間後。


【竜化】で巨大化したボロスのせいで、家のそこら中に風穴が開いてしまった。

 たかが一匹のGにここまでしてやられるとは。


 地響きと破壊音につられて、家周辺に群衆が集まってしまった。


 ますます面倒くさくなってきた。

 何故こうなってしまったのか、説明するのが面倒な奴らが来てしまう。


「ロベリア殿、竜王がついに暴れたのか!」


「ロベリア! やはりソイツを信用してはならなかったのだ!」


 竜殺しの称号を欲する竜騎士ジークと、頭の固い女騎士クラウディアが来てしまった。

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