第104話 クロウリー家の家族写真 下
聞けば、理想郷でボロスと初の対面をした際に戦闘が勃発していたみたいだ。
理想郷の住人たちが間に割って、事情を説明したから落ち着いたものの二人はまだ納得していないようだった。
特に、クラウディアはボロスを許す気はないだろう。
故郷を支配され、傍若無人の限りを尽くした竜王を狩ることが彼女の悲願だったのだ。
ジークの方は原作上、ボロスを倒すことになっているため敵対視するのも無理もない。
「……二人とも落ち着け、冷静になるんだ。ボロスは、何も俺たちに牙を向けたのではない」
「ロベリア様……!」
ボロスを庇うように前に出る。
コイツは確かに今まで、多くの人間を苦しませてきたクソ野郎だが、理想郷の人々と接するときのボロスは優しいのだ。
自分は竜王だ! とお高くとまるクセに理想郷のためになると、たとえ面倒な雑用でも受け持ち、文句を一切吐いたりしないのだ。
「私は、信じたくない。もしかすると、私の故郷を支配した竜王と、ロベリアが結託して全てが自作自演だったのではないのか、信じたくはないのだ! 今、お前の隣に奴が立っているのに理由があるかもしれない! 納得して剣を収めたい……だが、やはり竜王をこの場で斬り捨てなければ……!」
殺気を放つクラウディアに、その隣でなぜか笑顔のジーク。
これからの展開を面白がっているようにも見えるが、彼の真剣な顔も大体あんな感じなので多分違うだろう。
「駄目だ。コイツを殺すのなら、まず俺を倒してからにしろ」
魔導書を捨て、両手を広げる。
「だが俺に戦う意思はない。このまま斬り捨てるなら、そうしろ」
「なッ、何故だ……何故そこまでして奴を庇おうとするのだ!」
何故か。
そんなもの初めから決まっている。
「コイツは、俺の大切な仲間だからだ」
ハッキリと言って、なんだか恥ずかしくなってきた。
まあ本心だし、言わなきゃ伝わらないこともあるしな。
「クラウディア、ジーク、お前らも例外ではない。仲間同士で争ってはならない。だから、どうか武器を下してほしい」
ただでさえ敵の多い理想郷が、仲間内で争うのは自殺行為に等しい。
今までボロスのやってきたことは到底許せることではない。
それでも、どうか少しの間だけでもいいから大目に見てほしい。
「……すまない。こちらこそ、事情を聞かずに剣を向けてしまった」
クラウディアは申し訳なさそうに剣を収めた。
ジークは相変わらず笑っている。
「おい竜王、ロベリアに免じて斬り捨てるのは勘弁してやろう。しかし今回のような騒動を再び起こすようなら、次は絶対に容赦しない。肝に銘じておけ」
クラウディアは殺気の混じった声で言い捨て、この場を後にした。
群衆も空気を読み、次々と立ち去っていく。
溜息を吐き、俺は高く積もった瓦礫の上に座り込んだ。
「ロベリア様、私は……」
「言うな、やりすぎたとはいえ、あの害虫をお前ひとりに任せた俺にも責任がある。あまり思いつめるな」
「……はい」
ボロスは本気で落ち込んでいた。
この規模だと修理に一週間はかかってしまうだろう。
やばい、気が遠くなってきた。
「ロベリア、疲れさま。格好よかったよ」
エリーシャは気遣うように言った。
俺は、最高に自分をダサいと思っているけど。
まるでズッ友のために命を張る不良漫画の主人公のような台詞を吐いてたな。
てか恥ずかしい、数秒前の記憶を消したい。
「色々、壊れちゃったけど、また直せば大丈夫だよ。私も手伝うからさ」
エリーシャが木材を運んでいる姿を想像してみるが、まったく似合わない。
修理ならウチの建築工事の職人に任せよう。
「し、師匠! なんで家なくなってんだよ!?」
ちょうど学舎から帰ってきたアルスとジェシカが目を丸くさせていた。
教材を持ったクロは、相変わらずの無表情である。
まさかの最悪のタイミングで帰ってきちゃったよ二人。
まあ、遅かれ早かれこの惨状を目の当たりにすることになっていたし説明は早い方がいいか。
「ここにいる師匠二号が、害虫にビビッて家ごと破壊してしまったんだ」
「ちょっとロベリア様! なにも本当のことを仰らなくても!!」
ゴゴゴと、燃えるような擬音が聴こえた。
普段はおちゃらけた事しかしないジェシカが、鬼の形相でボロスを詰め寄っていた。
「私、の、ぬいぐるみさん達ぃ、私の、お菓子ぃ!」
そういえばジェシカの奴、部屋にぬいぐるみや人形がいっぱい飾られていたな。
それに、午後のおやつのために取っておいたデザートも、まだキッチンにあったはずだ。
この惨状では、もう無事とは言えないだろうけど。
「じぇ、じぇ、ジェシカ! お許しを! ほら、また新しいのを作って差し上げますので……ねっ、ロベリア様!」
急に馴れ馴れしいな。
でも、そうだよな、仲間だもんな。
仕方ねーな。
「愛弟子の怒りを鎮めるのも師匠の務めだ、がんばれ。以上」
「そんなああああ!!」
案の定、ジェシカにボコボコにされるボロスと、止めに入るエリーシャとアルス。
普通の家庭では有り得ない光景を眺めながら、ずっと足にしがみついているクロの頭を撫でる。
「………?」
「やあロベリアさん、お久しぶりだナ」
いつの間にか背後に、猫が立っていた。
見覚えしかないアホ面、シャレムか。
「何の用だ」
「おいおい、用がないと会っちゃいけないのかよ? そんな冷たい接し方だと、僕ぁ寂しいよ」
胡散臭い喋り方をしつつ、シャレムは箱のような何かを見せつけてきた。
「新しく開発した道具を使いたくて、わざわざ来てやったのになぁ」
前半の使いたくてから後半の来てやったのになの繋げ方に違和感しかないけど、賢者シャレムの開発した道具となれば些か興味がある。
胡散臭く、阿保なことばかりをやっている割には、知識面ではまともだもんなコイツ。
「ふふん、興味のありそうな顔になったな。では見よ!」
ちゃらららんららーん。
やはり、何の変哲のない箱である。
それを自慢げに差し出されても、まったく興奮しないけど。
一体何の道具なのか。
「なあ、ロベリア。もしも一瞬で絵を完成させられるって言ったら驚くか?」
「そんな物があるのか?」
「あるある、遂に完成させちゃったのさ~」
「……!!」
え、まさか、この箱はもしや。
たった数か月で現代技術を実現させたのか、この猫は。
恐ろしやシャレム。
「ほんで、並んで並んで」
山のように積もった瓦礫の中からソファを掘り出し、真ん中に座る。
その隣をエリーシャとジェシカが座り、膝にちょこんとクロを乗せる。
そしてソファの横でボロスが姿勢よく立っており、その反対側にアルスが格好良くポーズを決めていた。
「ハイ、チーズ」
どこで覚えたのか、その掛け声。
とりあえず出来るだけ良い感じの表情で写ろう。
唇の両端を吊り上げ、目を細める。
よし完璧だ。
パシャリ。
翌日。
現像された写真が入った封筒が届いたので確認してみる。
もう笑顔で写真に写らないと決めた。
――――ロベリアの顔写真が『魔除け』として戦士たちの間で愛用されていることを、彼は知らない。
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