第133話 勝者の目覚め


 医療用テントの中で目覚めた。

 倒れてからの記憶はない、どうやってここまで来たのかも覚えていない。

 どうやら気を失っていた俺を誰かが運んでくれたらしい。


 顔を動かし、辺りを確認する。

 広いテントの中にはベッドがいくつも並べられており、大勢の怪我人が寝かされていた。

 十ニ強将五刻が街中で大暴れしたんだ、ここだけではなくいくつも医療用テントが建てられているに違いない。


「……?」


 隣から誰かの寝息が聞こえる。

 視線を向けると、そこには椅子に座ったまま寝ているエリーシャの姿があった。


「……エリーシャ」


 一番最初に会いたかった人の顔が見れて、ホッとする。

 彼女も相当無茶をしたはずなのに、付きっ切りで看病してくれたのか?


 手を伸ばし、エリーシャの頬に触れようとするが「ロベリアさん!」と誰かに呼ばれる声が聞こえ、手を止める。


「目を覚ましたんですね! ずっと眠ったままだったので心配で心配で……良かった!」


 久しぶりに見た顔だな。

 確か、名前はユーゲルだったけか。

 リアン姫を護衛していた近衛騎士の一番若い青年。


 ラケルの転移魔術でリアン姫の元に戻ったはず、用事を済ませて理想郷に戻ってきていたのか?


「戻ってきていたのか」

「あ、はい。三日ほど前に戻ってきてビックリしたっすよ。町がこんなになっていたなんて……」


 三日前、三日前か。

 あれ、俺って一体どれだけ寝ていたんだ?


「クラウディアさんに色々と聞きました。ロベリアさん、古の巨人を倒したんですって? まさか古来の大災害と呼ばれた伝説の巨人に勝つなんて、尊敬します!」

「お前、その頭どうした?」


 ユーゲルの頭に包帯が巻かれている。

 革命組織ネオ・アルブムが襲撃するよりも後に戻ってきたのなら戦いに巻き込まれていないはず。

 なら怪我は別件なのか。


「あっ、えっと、これには深いワケがあって……」

「言いづらければ言わなくていい。それよりも、俺はどれぐらい寝ていたんだ?」


 すごく暗い顔をしていたので話を変える。


「エリーシャさんの話によれば、一週間も眠ったままでしたよ」

「そんなにか……」


 黒魔術を最大出力まで発揮するのに色々やったよな。

 精神世界でロベリアと初めて対面したり、前世の俺『瀬戸有馬』に一瞬だけ戻ったり、狂気に飲み込まれて覚醒したり、その後のことはあまり憶えていない。


 最後の技を振り絞って倒れたのは憶えているけど、あのときベルソルに勝ったかは分からなかった。

 久々に目を覚まして、ユーゲルの話を聞くまでは。


「この事件の首謀者、ベルソルはどうなった?」

「ああ、ヤツなら魔王ユニがなんとかしたらしいすよ」

「魔王が?」

「魔術のことはあんまり解らないんすけど、『烙印』ていう高等封印魔術で気を失ったベルソルが目を覚ましても行動できないようにしたらしいんすけど、まあうん……そういうことっす」

「聖剣の失敗作に刺されて魔術が使えなくなっているはずだが」


 いや、待てよ。

 魔王ユニには回復する手段が一つあったな。


「自害か」

「ロベリアさん、そこまで知っていたんすか!?」


 ゲーム上のシステムだけかと思っていたけど、現実でも使えたとは。

 たとえ聖剣で倒されても魔王ユニは、二度も復活する【死者蘇生リザレクション】固有魔術を持っている。


 ユーゲルの反応からして、魔王ユニは古の巨人ベルソルが行動できないようにするために自らの命を断ち、貴重な残機【死者蘇生リザレクション】を消費して復活したというのか。


 そうすれば聖剣の失敗作ライシャロームから受けたダメージも『無かった』ことにできる。


「やはりそうか。バカ魔王のくせに、よく思いついたものだ」


 いずれ訪れるかもしれない勇者との決戦がイージーモードになってしまったじゃないか、良かったなラインハル。


「だが、逆に魔王が力を取り戻してしまったことになる。ヤツが人類の脅威であることに変わりはない。復活を遂げたあと理想郷に牙を剥く可能性も絶対にないとは言えない」

「それなら問題はないかと」


 ユーゲルが笑顔を浮かべた。


「滅茶苦茶になった町を、一から元通りに復興するにはあまりにも人手不足です。だけど魔王ユニは壊れた町を見て言ったんすよ『理想郷に被害が及んだのは紛れもなく余の責任じゃ。町が元の状態に戻るまで手と足になって協力してやる!』って、ごほっ」


 ロリババア口調を無理に真似しなくても。

 完成度高かったけど。


「魔王軍も手伝ってくれているのか?」

「ええ、それはもう何から何まで」


 ずっと寝ていたから、起き上がるのもやっとだ。

 だけど、みんなが頑張っているというのに俺だけ寝るわけにもいかない。


 ユーゲルの言葉を信じてないわけではない、でも外がどうなっているのかを直接自分の目で確かめてみたい。


「ん、身体そんなに臭くない……?」


 一週間も昏睡していたというのに体に目立った汚れも、変な臭いもそこまでしない。


「あっ……そ、それは」


 するとユーゲルは頬を紅潮させ、モジモジをし始めた。

 横目で、隣で寝息を立てるエリーシャを見ている。


「眠っていたロベリアさんのお世話を、その……全部エリーシャさんがしていたんすよ……朝から晩まで休まずに濡れた布で拭いたり着替えさせたりとか」


 マジか、そりゃユーゲルも顔を真っ赤にさせるわけだ。

 別にいかがわしい事をしているわけではないが、彼のような年頃の青年にはちょっぴり刺激が強い光景だっただろう。


 俺もそう思う、そしてすごく嬉しい。

 この世で誰が一番の幸せ者かと問われれば、迷いなく「俺だ」と答えていただろう。


「古の巨人に勝利した初めの日のロベリアさんは、もっと酷い状態だったらしかったすよ。心肺停止して、もう死ぬんじゃないかって皆んなが諦めかけていたらしいっす」

「なんだと?」


 呼吸と心臓が止まっていたのか、俺が?

 冷や汗をかいた。

 あんな無茶な戦い方をすれば、生きているほうが奇跡だろう。


「けど、エリーシャさんだけはロベリアさんは死んでいない、きっと目を覚ましてくれると、貴方の無事を誰よりも信じていたっす。心臓の止まったロベリアさんの手を握りしめながら、人前では決して泣かず、ずっと付き添っていました。彼女のその行動に理想郷のみんなは感化を受けて、どのような手段を使っても貴方を生き返らせようとしました。三日目、ちょうど俺が転移魔術で理想郷に戻ってきた日、ロベリアさんの心臓がふたたび動き出したんす」


 ユーゲルの目元が、頬の次に赤く染まる。

 感動したのか、いまにでも泣きそうだ。


「……傍らで、ずっと貴方が戻ってくるのを待っていたエリーシャさんが、その時初めて泣きました。側にいた他の皆んなも、俺も声を上げて泣きましたよ」

「そうか、お前たちに迷惑をかけてしまったようだな」


 俺も泣きそうになりながら、隣の椅子に眠っているエリーシャの顔を見る。

 まともに寝ていなかったのか目元に隈ができているし、濡らした布を何度も絞っていたからか手にもいくつもの傷や豆ができていた。


 俺のために、こんなに身を削ってくれただなんて、罪悪感もある一方で優越感がないと言われたら嘘になる。


 誰からも嫌われる悪役に転生してからの人生は、悲劇の連続だった。

 どの国に行っても、俺を見た人々は全員揃って、恐怖に染まった表情を浮かべて逃げ出す。

 ほんの少しの繋がりでさえ、この身体が拒むのだ。


 理想郷にやってくるまでは、孤独だった。

 殺しにかかってくる奴らも大勢いた。

 そいつらから受けた傷も数え切れない。

 だけど、そんな痛みよりも苦しかったのは、孤独――


 死ぬまで一人で生きていくなんて考えられない、隠居をするなんて以ての外だ。

 だから、こうして自分を愛してくれる人ができて、ようやく幸せというものを実感でき始めていたのだ。


「……ううん……あれ……ロベ……」


 ふと、エリーシャが目を覚ました。

 開ききらない瞼の隙間から、こちら覗く瞳が、微かに震えるのが見えた。


 バッと椅子から飛び上がり、両手を広げながらエリーシャは胸にめがけて飛び込んできた。

 勢いの割には、軽い衝撃だった。

 細い腕を背中に回し、顔を胸に埋めてきた。


「よかった……よかったよぉ……ぐすっ……」


 胸の中で、エリーシャは涙を流していた。

 震える、彼女の華奢な体を抱きしめ返す。

 生きていて良かった。


 もしも死んでしまったら、どれだけエリーシャを悲しませてしまうのか、考えただけでも心が張り裂けそうだ。

 彼女を残して、死ぬわけにはいかない。


「生きてくれて……よかったぁ……!」


 赤子のように泣く、彼女の背中を優しくさすりながら告げる。


「俺は、俺は……何処にも行かないよ……エリーシャ……」


 いつも強ばっていた顔が綻んで、心から笑えたような気がした。





「―――くははは! ようやく目覚めたか傲慢の魔術師よ! 祝いじゃ! 宴を開くぞぉ!」


 二人だけの空間を、空気も読まずに邪魔してきたのは、酒瓶を手に持って甲高い笑い声で登場した魔王ユニだった。

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